そして俺が走る。

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「お待たせー! いやー、惜しかった惜しかった。また来年頑張りまー……、って浅川先輩!?」  彼女が現れた。ステージに立っていたあのドレスのまま。 「お、お疲れ様」 「お疲れ姫様。頑張った姫様に俺からプレゼントだ」  と彼は言うと俺の背中を平手でたたいた。その手に押されるようにして俺はベンチから立ち上がった。目の前には彼女の顔があった。 「あはは……、来てくれたんですね」 「う、うん。そう、来たんだ」  いや、俺よそうじゃないだろう。 「いや、ごめん。本当は自分の意志できたわけじゃないんだ。けど、来てよかった。すごい、演奏だった」 「ありがとうございます。でも、期待には添えなかったかな」 「そんなことない! 君は本当にすごかったよ! 風を、風を感じたんだ!」 「か、風ですか?」 「そう、君と初めて帰ったあの日の風。気持ちよかったあの風と同じ、君の演奏は気持ちが良かった!」  俺はうまく褒めることができなかった。どう表現したらいいかわからずに、でも思ったことはそのまま伝えた。 「ぷっ、やっぱり先輩っておかしいですね」  と、彼女は笑った。 「……ごめん」  そして俺は伝えることとした。 「先輩?」 「逃げてごめん。昨日、会うべきだったのに、俺は逃げた。怖かった、君に嫌われてるんじゃないかって、その現実に向き合うことが怖かった……!」  俺は深く頭を下げた。俺が伝えたかったのは謝罪だ。彼女が感謝を伝えようとしたように、俺は謝罪を伝えなければいけなかった。  顔を上げると、彼女は……笑っていた。 「なんだ……。よかったです。私、嫌われたのかと思っちゃいました。なんだ、勘違いだったんだ……。馬鹿みたいですね、私も先輩もっ」 「俺が君を嫌うわけがないじゃないか。だって、俺は……。ご、ごめん! 今のはなんでもない! そ、そういえばなんで俺のこと嫌いにならなかったの?」 「やっぱり浅川先輩は面白いです。嫌いにならなかった、ってそもそも嫌いになるような要素ありましたか?」 「だって、君が真剣に急いでるのに俺は自分の都合押しつけて、勝手に一人で舞い上がって」 「面白かったですよ? あのレース。残念な結果でしたけど。それと」 「それと?」 「私はお兄ちゃんのバイクより先輩の自転車の方が良かったなぁって」
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