そして俺が走る。

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 ん? 「おにい、おにいちゃん?」 「あ、今ネタばらしすんのか。浅川、改めてご挨拶だ。芦野姫の兄、芦野央次(おうじ)だ。よろしく」  と、ベンチに座っていた男が立ち上がる。そして笑顔で俺に握手を求めてきた。彼女の方に顔を向けると「ん? なにかありましたか?」という顔をしていた。  俺はというと、恥ずかしさで死にそうだった。 「お兄ちゃん、ネタばらしって?」 「あ? いや、浅川勘違いしててさ、どうやら俺と姫が」 「わー! わー!」 「わっかりやすく動揺してんな」  あれ? じゃあ、俺がこの一週間悩んでいたことは何なの? 意味なかったの? 俺はいったいなにに嫉妬していたの? 「あの、お兄さん!」  俺は男を連れて彼女から離れる。 「ん? どうした? あと、お兄さんと呼ばれる筋合いはねえ」 「どうしたじゃない! 兄妹ならなんでそう言わなかった!」 「すまんな、面白くて」 「理由それ!?」 「レース挑んできた時は笑い堪えるの必死だった」 「完っ全に馬鹿にしてる!?」  顔から火が出そうだった。恥ずかしくて八つ当たり、いや俺は怒っていいはずだ。確かに勝手に勘違いしたけどさあ……。 「二人でなんの話してるんですー?」 「うわ! いや、なんでもない! ここまで送ってくれたから感謝してただけだよ!」 「うそつけ」 「やだなー! お兄さんってば照れちゃって!」 「お兄さんと呼ばれる筋合いねえよ。あ、そうだ」  男は、お兄さんはにやりと口角を上げた。嫌な予感しかしなかった。 「浅川、家まで姫を送ってやれ」  とんでもないことを命令された。 「え!? いや、でも」 「俺が姫から頼まれたのは、レッスンがある日は家まで送ってほしい、ってことだけだ。今日は例外」 「お、お兄ちゃん、それは内緒にしてって!」 「ん? ああ、すまん。まあ、わからんだろ」  とお兄さんは俺を見た。今の話でなにを内緒にすることがあるのか。  俺は結構自意識過剰かもしれない。余計なことに気が付いて思わず頬が緩んでしまった。 「じゃあ、俺帰るわ」  そういってお兄さんは出口に向かう。  最後に「あ、暗くなる前には届けろよ。でないと失格だ」と付け加え、視界から消えて行った。
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