自転車が走る。

4/7
前へ
/43ページ
次へ
 スッと彼女は足を引きずって横に避ける。おかげで自転車一つ通るのには充分な幅が確保できた。 「どうぞ」 「あ、ありがとうございます……」  そろり、そろり。俺はゆっくり彼女の横を抜けて細道を通ろうとする。 「……痛っ」 「え!? あ、ごめんなさい! 当たりましたか!?」  どうやら、俺の自転車が彼女の体に触れてしまったらしい。どうしよ、責任取って結婚すればいいのか。 「ううん、当たってないです。ただ、さっき挫いた足が……」 「あ、足……」  彼女は左足の靴下を脱いだ。くるぶしは赤く腫れあがっていた。 「これじゃ歩けない……。今日はレッスンの日なのに。これじゃあ、間に合わない……!」  なにやら切羽詰まっている様子だった。 「あ、なにかあるんですか?」  聞けと言われている気がしたので聞いてみた。 「……私、ヴァイオリンやってるんです。もうすぐ、そのコンクールがあるんです。親戚や友達、先生、みんな私に期待してくれてて……」  彼女は言うと自分の腫れあがったくるぶしを擦る。 「コンクールまで練習しなくちゃいけないのに……。先生のレッスンの時間限られてるのに……。それなのに……」  彼女はまた涙を浮かべる。そのしずくが瞳から零れないように口を噛み締めていた。  その彼女の泣き顔を俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。助けたいと、思ってしまったのだ。 「あ、えっと、帰れればいいんですか?」 「え……うん。家に帰ればお母さんいるし」 「あ、じゃあ、俺が送ろうか?」  え? 何言ってんの俺? 「……いいの?」 「あ、うん。荷台乗りなよ」  久しく俺は他人との会話をしていなかった。それが悪かったのかもしれない。会話がコントロールできていない。このままではどんどん望んでない方向に話が……。  気づけば人生初の二人乗りをしていた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加