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スッと彼女は足を引きずって横に避ける。おかげで自転車一つ通るのには充分な幅が確保できた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
そろり、そろり。俺はゆっくり彼女の横を抜けて細道を通ろうとする。
「……痛っ」
「え!? あ、ごめんなさい! 当たりましたか!?」
どうやら、俺の自転車が彼女の体に触れてしまったらしい。どうしよ、責任取って結婚すればいいのか。
「ううん、当たってないです。ただ、さっき挫いた足が……」
「あ、足……」
彼女は左足の靴下を脱いだ。くるぶしは赤く腫れあがっていた。
「これじゃ歩けない……。今日はレッスンの日なのに。これじゃあ、間に合わない……!」
なにやら切羽詰まっている様子だった。
「あ、なにかあるんですか?」
聞けと言われている気がしたので聞いてみた。
「……私、ヴァイオリンやってるんです。もうすぐ、そのコンクールがあるんです。親戚や友達、先生、みんな私に期待してくれてて……」
彼女は言うと自分の腫れあがったくるぶしを擦る。
「コンクールまで練習しなくちゃいけないのに……。先生のレッスンの時間限られてるのに……。それなのに……」
彼女はまた涙を浮かべる。そのしずくが瞳から零れないように口を噛み締めていた。
その彼女の泣き顔を俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。助けたいと、思ってしまったのだ。
「あ、えっと、帰れればいいんですか?」
「え……うん。家に帰ればお母さんいるし」
「あ、じゃあ、俺が送ろうか?」
え? 何言ってんの俺?
「……いいの?」
「あ、うん。荷台乗りなよ」
久しく俺は他人との会話をしていなかった。それが悪かったのかもしれない。会話がコントロールできていない。このままではどんどん望んでない方向に話が……。
気づけば人生初の二人乗りをしていた。
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