そして俺が走る。

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「これからも、俺と一緒に帰ってほしい。レッスンだとか、適当な理由がなかったとしても、俺に君を家まで届けさせてくれ」  精一杯の告白だった。  彼女はきょとんとした顔をした後、あはは、といつもように小さく笑った。そして、口を一度強く閉じてから、ゆっくり開いた。 「……こういう時も、先輩らしいなぁ」  俺はぎゅっと拳を握った。暑いからというのもあるし、体力を消費したからというのもある、だが、なにより彼女の発する言葉に俺は汗をかいていた。緊張していたんだ。 「……勿論です、浅川先輩。むしろ私が先輩に送ってほしいなあ、って思ってました。こちらこそ……よろしくお願いします!」  その時、一陣の風が吹いた。  風は俺と彼女の間を吹き抜けた。 「ホントだ……。すごく、気持ちいい風ですね」  彼女は俺に向かってほほ笑んだ。その笑顔に俺は思わずドキリとした。  俺は別に彼女と付き合えると決まったわけじゃない。まだ、スタート地点に立っただけだ。レースにエントリーしただけだ。  けど、今までの俺からしたらずっと成長している。自分の殻にこもって、狭い世界しか知らない。そんな俺が、今ようやく、殻を破って外に出たような気がした。 「そういえば、ちゃんと名乗ったことってないですよね、私達」 「そうだね」  彼女は改まって、俺に目を向けた。 「1年生の芦野姫です。よろしくおねがいします」  と丁寧にお辞儀する彼女に、俺も改めて自分を名乗った。 「帰宅部自転車部門所属、浅川卓也。誰よりも、あなたを早く家に届ける男です。こちらこそ、よろしくおねがいします」  ◇  月曜日。待ちに待った放課後。急いで校門前に行くと、そこには既に芦野姫がいた。 「さあ、帰りましょうか」 「ああ」  自転車の後ろに彼女が乗った。今日はこの後なにも無いというから「麺屋けぇき」にでも寄ってみようと思う。  最高の自転車日和だ。帰宅するには最高の環境だ。  本日も、晴天なり。           ~fin~
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