自転車が走る。

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「俺は帰宅部自転車部門県内1位! 浅川だ! 憶えとけェ! 女ァ!」  俺が叫ぶように言うと彼女はぎゅっと俺の腰を抱きしめた。 「はい! 憶えます! 浅川さん!」  あ、ちょ近い……。緊張し。 「浅川さん!」 「は、はひぃ!?」 「ここです! 私の家!」 「え、ちょ、はい!!」  慌てて両手でブレーキを握りしめる。力いっぱい握り、自転車のタイヤはアスファルトを擦り高い悲鳴を上げていた。  無理やり自転車を止めると慣性の法則で体が前に飛び出しそうになり、咄嗟に足を地面につけブレーキをかけた。同時に、ふわりと柔らかい感覚が俺の背中にあたっていた。とても温かくてその二つの柔らかいクッションに俺はドキリとする。  だって、それってたぶん。 「ひゃっ!?」  彼女が慌てて俺から離れる。同時にクッションも離れて行った。ほら、あれやっぱり……。 「あ、だ、大丈夫?」 「……はい」 「そっか。よかった」  ホッと胸を撫で下ろす。無事でよかった無事で。胸とか言うな俺! 「あの、家まで送ってくれてありがとうございます」 「あ、いや、大丈夫だよこれくらい。はは」  笑えているだろうか? ここ数年PCの前でしか笑っていないんだが。 「じゃあ、私急いでますので」  そう言うと彼女はすたすた歩いて家のドアに手をかけた。ん? すたすた? 「あ、君、足……」 「そうだ、浅川さん!」  彼女はドアを開けるのと同時に振り返る。爽やかな黒のショートヘアとスカートがふわりと浮いた。 「もうこれで私の家憶えましたよね?」 「え、あ、え? はい」 「そうですか。じゃあ、また明日もよろしくお願いしますね!」 「あ、はい」  そういうと彼女はにっこり笑ってドアを閉めた。  あれ? ちょっと待って。今なんて?  明日? え、明日も?  ていうか足は? あれ? 歩け……え? 「チックショオオ!!」  なにかとんでもなく騙されたような気がした。その日の帰り道、暑い道、いつもよりずっと暑く感じた。  夏はまだまだ始まりだと、そう実感した。  これが俺の人生で、初めての寄り道だった。
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