心が走る。

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 ◇  ホームルームが終わった。椅子を引く音とクラスメイトのざわめきが混じって騒がしくなる教室。を、俺は早歩きであとにした。  人は放課後になにをするのだろう。友達と会話をする? 仲良く遊ぶ? 恋人とデートをする? 俺は違う。帰宅する。 「ッチ! ホームルームが長引いていつもより5分も遅れてる! 危険だが、今日はショートカットを……」 「お、きたきたー。先輩待ってましたよ」 「あ、ハイ……お待たせシマシタ」 「なぜに敬語? まあ、いいです。今日も家までお願いしますね、アッシー先輩」  俺はかつて県内では誰にも負けないほどの帰宅スピードを有していた。だが、今はそれも昔の話となってしまった。寄り道ができてしまった。その寄り道時間はたかだか30分。されど30分。  30分あれば意外と人はいろいろできる。家に帰るのが30分遅れるというのはそこそこダメージがある。  あの日、怪我した彼女を家まで送り届けたあの日から俺の帰宅スケジュールは狂い始めた。平日、つまり学校がある日は毎日彼女を家に送り届けている。まさにアッシー君だ。利用されている。  だが、俺は彼女に逆らえなかった。なぜか? 俺が女子に強く出られないからだ。これ以上言及しないでほしい。 「今日もいい風ですね、さすがアッシー先輩の自転車です」 「当たり前だ。この俺を誰だと思っている?」 「アッシー先輩!」 「……その呼び名やめない?」  彼女は俺の背中でふふふと笑った。この後輩はきっと俺を馬鹿にしているんだと思う。きっと今の笑いも嘲笑に違いない。 「でも私は結構アッシー先輩のこと頼りにしてるんですよ?」 「あ、ありがとう。はは……」  時々彼女はドキリとすることを俺に言う。きっと普通の男にとって大したことはない言葉なんだろう。だが、俺はどうしても勘違いしてしまいそうになる。  その度、自分を戒める。これもきっと俺を馬鹿にした言葉なのだと。 「ほら、この道とか先輩が教えてくれるまで知りませんでしたよ」  彼女が言うのは線路の下をくぐる地下トンネル。  彼女が以前指定した帰り道は開かずの踏切を通らねばいけなかった。踏切が開くのを待つという帰り道は帰宅速度の安定感を大幅に下げてしまう。  確実に早く帰宅するため、俺は地理を調べ上げこのトンネルを発見した。  
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