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「項王。一つだけ、ご進言を」
范増はイライラと酒を飲む項羽の前に跪いた。
「亜父か…。何だ」
項羽は盃を卓に置いた。
項羽は范増の事を父に次ぐ者の意味を込めて亜父と呼んでいた。
「明日の劉邦との会見の折、その場で劉邦を斬りなされ」
范増は顔を伏せたままそう言った。
「劉邦を斬る。何故だ。お主はどうしてそこまであの男に拘るのだ」
項羽は平伏す范増を見降ろした。
「あの男には天下を狙う二心がございます。咸陽を蹂躙せず、即座に法を敷き、民心を掌握しました。それは関中王として君臨し、天下を狙おうとする者の振る舞いでございます。劉邦は間違いなく関中王として君臨しようと考えておる。そうに違いありません故」
范増は顔を上げ、項羽を見てそう言った。
「あの百姓風情に、何が出来ると言うのだ。亜父よ。お前は気を回し過ぎるところがある。疲れておるのだ。咸陽に入ったら少し休め…」
「しかし項王」
そう言った范増の言葉を項羽が遮った。
「くどいぞ。范増」
項羽は立ち上がり、卓に置いた盃を范増の前に投げつけた。
「劉邦の処分は儂が決める。お前にどうこう言われる筋合いはない。明日、あの百姓がどう出るか、その出方で儂が決める事にする…。良いな、范増」
「項王」
范増は膝を立てて、項羽に縋る様に前に出た。
「その話はもう終わりだ…。亜父よ。伯父亡き後、儂を支えここまで一緒にやって来てくれた事には感謝しておる。しかし、その恐るるに足らん男に拘るお前の小心さ…。儂は好かんな…」
そう言うと、項羽は振り返りもせず、幕舎を足早に出て行った。
一人幕舎に残された范増は、項羽の背中を見ながら、拳を握っていた。
「項王。劉邦を甘く見ては、いつか煮え湯を飲まされる事になりますぞ…」
范増はそう呟いた。
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