第四章 項羽と劉邦

28/53
前へ
/368ページ
次へ
酒席は盛大だった。 上座に項羽、そして劉邦。 そのすぐ脇には張良、その向かいに范増が座っていた。 「さあ、劉将軍よ。飲んで下され」 項羽はそう言って、劉邦の盃に酒を注いだ。 「ありがとうございます」 劉邦も返杯として、項羽の盃に酒を注ぐ。 二人は静かに盃を合わせて酒を飲んだ。 周囲の者もそれを見て酒に口を付けた。 劉邦も、正直食事が喉を通らない数日間だった。 安堵した事もあり、劉邦は目の前に並べられた料理を貪る様に食べ始めた。 項羽は料理を食らう劉邦を横眼で見た。 この男に天下を取れる器など無い。 亜父は何を恐れておるのだ…。 ただの泥臭い飢えた百姓ではないか…。 項羽はそう思った。 しかし、その脇に座る范増は、違う目つきで劉邦を睨みつけていた。 今、殺しておかなければ、後に絶対の災いになる男だ。 項王の本当の敵はこの男である。 それに気が付かぬ項王も天下を取る器など無いのかもしれぬな…。 范増は盃を卓に置いた。 ちょうど范増の向かいに座る張良は、その范増の目を見ていた。 范増の目は憎悪にも似た険しさで劉邦を睨んでいた。 やはり、范増は劉邦を殺そうとしている。 張良は確信した。 張良は食事や酒にもほとんど手を付けず、じっと項羽と范増を見ていた。 名目は秦を打ち破った祝宴という事だった。 将たちは大いに飲み、大いに楽しんでいた。 しかし、項羽、劉邦を始め、范増、張良、項伯などは、その祝宴を心から楽しむ事は出来ず、互いの細かい動きまで目で追っていた。 范増は何杯目かの酒を飲んだ。 酒の味などわかる筈もない。 どうやってこの場で劉邦を殺すか、それだけを考えていた。 そして、変わらず劉邦を睨み付ける様に見ている。 もし、劉邦が項羽の前に、関中王として現れていたのであれば、間違いなく項羽の剣は劉邦を捕えていたであろう。 しかし劉邦はすべてを捨てて、楚のため、項羽のためと言い、項羽の前に平伏したのだった。
/368ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加