第四章 項羽と劉邦

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同じ事が項羽に出来るだろうか。 范増は並んで座る劉邦と項羽を見た。 項羽には劉邦程の器はない。 范増はそう思い、そして、不気味に微笑んだ。 項王。 この劉邦、今殺さなければ、この先、大いなる災いとなりましょう。 范増は心の中でそう呟いた。 そして、腰に下げた玉けつ(ケツは王に夬)を手に取り、チリンチリンと数回鳴らした。 金で出来たその玉けつは澄んだ高い音を奏でた。 項羽、張良にもその音色は聞こえた。 けつの音。 張良はその音に気がつき、焦った。 「けつ」は「決」に通じ、この時代、密かに決断を迫る時に使われていたのだ。 范増は項羽に劉邦を殺す決断を迫っている…。 張良は焦り、劉邦と項羽を見た。 そして項羽もその音色を聞き、范増をちらと見た。 しかしそれだけで項羽は動かない。 「劉将軍…」 項羽は静かに、そして響く声でそう言った。 劉邦は手に持つ盃を置いて、項羽を見た。 張良は、思わず席から立ち上がった。 まずい…。 斬られる…。 そう思ったのだった。 立ち上がった張良を項羽は細い目で見た。 その目の威圧感はただ者ではない。 その目に睨まれると動けない事を、張良は実感した 。 しかし、その項羽の目の威圧感は次の瞬間に溶けて無くなった様だった。 「先程、お主が見せた涙。我が叔父項梁のために流してくれた涙と同じであった。儂はお主の涙を信じる。これからも我らの楚のために共に尽してくれ…」 項羽はそう言うと劉邦の手を握った。 張良はその様子を見て胸を撫で下ろした。 しかし、范増は違った。 その項羽と劉邦を見て自分の卓を蹴り、幕舎を出て行った。
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