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その日、項羽は楚軍本隊を率いて、咸陽に入城した。
その軍勢はかつての秦の始皇帝の巡行を思わせるモノだった。
「亜父よ…」
項羽は馬上で背筋を伸ばし、平伏す咸陽の人々を見ながら范増に声をかけた。
范増は項羽の少し後ろにいたが、項羽のその声に馬の頭を並べた。
「はい」
范増は項羽に頭を下げた。
「これで終わったな…」
項羽はそう言うとゆっくりと范増を見る。
「項王。まだ終わってはござらぬ…」
范増は視線を項羽から外した。
まだ、終わりはせぬ…。
項王の前に必ず劉邦は立ちはだかる。
范増は咸陽の街を見渡した。
「項王。非礼を承知の上で、今一度進言致します。この度の論功行賞で劉邦を…」
「くどいぞ。亜父…」
項羽は范増の言葉を遮った。
「しかし…」
「もう良い。劉邦など単なる泥臭い百姓に過ぎん。儂の敵ではない。そんな虫ケラを殺すなど何の意味も無い事だ…」
項羽は前を見た。
「もうその話はするな…」
そう静かに言った。
范増は黙って目を閉じた。
間違いなく近い将来、項羽は劉邦に煮え湯を飲まされる事になる…。
范増はそう感じていた。
「申し訳ありませぬ… 」
范増は再び項羽に頭を下げた。
この男にあの劉邦の脅威はわからんらしい…。
范増は項羽の背中を馬上からじっと見つめた。
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