第一章 紅雀と青雀

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老婆はまだ目覚めない。 六承は腰に下げた昼飯を出した。 時間はいつもより遅くなったが仕方ない。 少し早いが昼飯を食べる事にした。 弁当の包みを開けて、米と麦と粟を混ぜた飯を食べようとした時、老婆が目を覚ました。 「おばあさん。大丈夫ですか」 六承は弁当の包みを脇に置いた。 「どなたか存じませんが、ありがとうございます」 そう言うと老婆は身体を起こした。 「もう少し寝ていた方が…」 六承は老婆の背中に手を添えた。 「いえ…。早く咸陽に行きたいので…」 老婆は辛そうに顔を歪めながら言った。 「息子が…、息子が待っていますので…」 「どうぞ。これを飲んで下さい」 そう言うと竹筒を老婆に渡した。 「今日は暑いですから、沢山飲んで下さい」 六承は桑折からまたさっきの薬を出して、老婆に渡した。 「これも一緒に」 老婆は頭を下げ、竹筒と薬を受け取り飲んだ。 「何から何までありがとうございます」 すると老婆の腹が大きな音を発した。老婆もそれに気づき、 「すみません。お恥ずかしい。途中で路賃が尽きてしまい、何も食べていなくて…」 そう言うと恥ずかしそうに顔を伏せた。 六承は自分の脇に置いた弁当の包みを取り、老婆に渡した。 「良かったらこれ、食べませんか」 老婆はその弁当を見て戸惑い、 「いえ。それはあなた様の弁当。私みたいな者が頂く訳には参りません」 そう言うと弁当の包みを六承に返した。 「いえいえ。私はこれから行く町で何か食べる事が出来ますから」 そう言うと再び老婆に弁当を渡した。 そして、桑折の中から、もう一つの竹筒を取り出した。 「これはお茶です。お口に合うかどうか…」 「まあ…。そんな高価なモノまで頂く訳には…」 当時お茶はまだ高価で、一般庶民はなかなか口に出来なかった。 「良いですよ。私は家に帰ればいくらでも飲めますから。もっとも息子さんのところへ行けばおばあさんもいくらでも飲めるのでしょうが…」 老婆は何度も礼を言って、早速弁当を食べ始めた。 相当お腹が空いていたのだろう。 あっと言う間に六承の弁当をたいらげた。
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