第一章 紅雀と青雀

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その日、六承は予定通り幾つかの町や村を回った。 六承が持って来る薬を待っている人は大勢いるのだ。 六承は自分の持って行く薬を待つ人のために毎日歩く。 一軒一軒家を回り、そして町の薬屋を回り、薬を置いて行くのだ。 六承は、自分の薬を待つ人の笑顔を見るのがたまらなく好きだった。 その日、すべての家を回った頃、日は西の空に落ちかけていた。 「こりゃ、帰ったら朝方になるな…」 六承はその最後の村を出て、咸陽への道を急ぐ事にした。 桑折は軽くなっていたので、楽に歩ける。 しかし幾つかの山を越えなければ咸陽へは帰れない。 夜の山道は楽ではないのだ。 六承は村外れの家で、油壺に火をもらう事にした。 帰りは必ず提灯が必要になる。 六承はその家の戸を叩いた。 「すみません。火を分けて頂けないでしょうか」 六承は少し大きな声で言った。 その家の戸がゆっくりと開いた。 「入れ。こんな時間から何処へ行くのだ」 その家の中から出てきた男は、ぶっきらぼうに六承にそう言った。 「咸陽まで帰らないといけないのです。火を分けて下さい」 「今から咸陽だと。馬鹿言うな。こんな夜道を咸陽まで歩いたところで咸陽の開門まで街には入れないだろう。悪い事は言わん。朝になってから行くがいい。良ければ泊まっていけ…。何も、もてなしは出来んけどな…」 男はそう言うと家の中に入っていった。 六承も男に続いて家に入った。 暗い部屋だった。
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