第一章 紅雀と青雀

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男は部屋の隅にある古い椅子に座る。 「ここに座れや。あんた薬屋だろ。結構良い評判だぜ」 そう言うと酒をついで飲んだ。 「酒はあるけどやらんぞ。これは俺のだ」 「あ、はい。結構です。飲めないので」 六承はそう言って、男の前に立った。 「何だ、飲めねえのか。そりゃ残念だな」 そう言うと卓の上に火の灯る油皿を置いた。 「まあ座れよ。夜は長い」 手酌で酒を飲む男は、そう酔っている様子ではなかった。 六承はゆっくりと男の向かいに座った。 男は薄暗い明り越しに六承の顔を見ていた。 「良い面構えだ。名は何と言う」 「はい。咸陽の祭承と言います。六男ですので皆には六承と呼ばれております」 「祭承か。良い名前だ。祭傳の息子だな」 「父をご存知なのですか」 男は答えなかった。 ただ薄明かりの中で酒を飲んでいた。 「そんな事より、お前」 男はそう言って明りを六承の顔の前に近付けた。 そしてじっと六承の顔を見た。 「お前、どこも痛くねえか」 六承は顔の前の明かり越しに男を見た。 「え…。いえ別に」 昼間、老婆に言われた事を思い出した。 「何故ですか」 「いや…だったら良いんだ」 男はそう言って明りを卓の上に荒々しく置いた。 「それなら良い」 そしてまた酒を飲む。 六承は不安になった。 昼間の老婆、そして目の前の男。 同じ様に身体の事を言った。 帰ったら薬でも飲もう…。 六承はそう考えた。
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