第一章 紅雀と青雀

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「あの」 六承は小さな声で言う。 「何だ」 男はしばらくの間をおいた。 その間に何の意味があるのかは六承にはわからない。 「この明りを頂いてよろしいでしょうか」 六承は目の前の油皿を指さしてそう言った。 「本当に行くのか。こんな夜中に」 「はい。朝までに帰らないと、明日も私が行くのを待っている人がおられますので」 六承は微笑んだ。 「そうか。自分の事より人の事か…。お前も祭傳に良く似ているな…。そっくりだ」 男もニヤリと薄明かりの中で笑った。 「持って行け。しかし、夜道は盗賊もいりゃ、野犬もいる。気を付けろよ。限りある命だ。無理に短くする事もない」 また男は酒を飲む。 「ありがとうございます。危なければ途中で松明を作りますので」 六承は目の前の明かりの火をそっと自分の油壺に移した。 「これで咸陽まで帰れます」 そう言うと立ち上がり頭を下げた。 「モノ好きだなお前も。気を付けて帰れよ」 男は横を向き、膝を立てて酒を飲んだ。 部屋中は酒の匂いでいっぱいだった。 六承は正直その部屋を早く出たくて仕方がなかった。 戸の前に立つ六承に男は声をかけた。 「機会があったらまた訪ねてくれ。俺は呂赫と言うものだ」 六承は振り返り、今一度、その男、呂赫に深々と頭を下げ、礼を言って部屋を出た。 「おい」 部屋を出た時に呂赫は六承に再び声をかけた。 六承は部屋の中に頭だけを入れて薄暗い部屋の中にいる呂赫を見た。 「はい」 呂赫は酒の入った盃を卓の上に置いて、六承のところへ歩み寄った。 そして六承を見てニヤリと笑う。 「あのな…」 酒臭い息でそう言うと、六承の頭を自分の顔の横まで引き寄せて、小声で言った。
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