第二章 李門と魏粛

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「父上お願いがあります」 その日の夜、祭承は夜酒を飲んでいた父の向かいに座り頭を下げた。 「おう六承か…いや…もう祭承と呼ばなきゃいかんな…」 父、祭傳は顔を赤らめてゆっくりと祭承を見た。 「何でも言ってみろ」 「はい」 祭承は椅子からおり、床に土下座した。 「私を江南へ行かせて下さい」 「江南へ…。何故その様な僻地へ行こうというのだ」 祭傳は盃を卓に置いて、身を乗り出す。 「その様な蛮族もまだ多いと言われている土地へ行き、何をしようとしているのだ」 祭承はゆっくりと顔を上げた。 「はい。江南の地は父上のおっしゃる様にまだまだ未開拓の地です。それ故に疫病も多く、医者も薬屋もまだ少ないと言われています。しかし、そんな土地だからこそ、私は人々の役に立てるのではないかと思うのです」 祭承の顔は真剣だった。 「そんなところに行かなくても、この咸陽の近辺でもまだ病に苦しむ人々はいるだろう」 「洛陽には兄が参りました。これから中国は咸陽と洛陽を中心に発展していくのだと考えます。しかし私は未開の地、江南から人々を救いたいのです」 祭承は幼い頃からの夢、海が見たい。 その想いを捨てる事が出来なかったのである。 いつか夢で見た海は真っ赤だった。 しかし海は青いと言う。 そのどんな湖や川よりも広い海をその目で見たかったのだ。もちろん今、祭傳に話した気持ちも嘘ではない。 その海と共に暮らす人々を助け、海の見える土地で暮らしてみたいといつも考えていた。 「そうか…。お前こそは儂の跡を継いでくれると考えていたのだがな…」 祭傳の目はいつになく寂しげだった。 祭傳はこの六男の祭承に、跡を継いで欲しいと考えていた。 しかし男はいつか旅立って行くものだった。 祭傳は顔を上げて祭承を見た。 「良いだろう。行ってこい。江南へ。ただし、南では手に入る薬草も違う。苦労するぞ…」 祭承は力強い目で父、祭傳を見た。 「はい。覚悟しております」 そう言って今一度、頭を床につけた。
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