第3話

10/11
前へ
/47ページ
次へ
----- ---------- 部屋に戻る頃には、夕方になっていた。 干したままの布団やシーツを取り入れた。 ベッドメイキングをすると、ホカホカの布団をそっと撫でる。 …ここで眠っていた篤さん… その姿を思い出しでしまう。 …ダメダメまた一からやり直すんだから。 改めて短くした髪に触れる。 …こんなに短くしたのはどれくらい振りだろう… ベッドに横になり、目を閉じると自然と昔の事を思い出していた。 ----- ---------- 「お母さん、今日は何時に帰るの?早く帰って来てね。」 まだ小さかった私は、毎日聞かされる夫婦喧嘩に怯えていた。 父と母の言い争う…お互いを罵倒する酷い言葉…ものが割れる音…母の泣き声… 布団の中でどれだけ怯え、どれだけ縮こまっても、どれだけ耳を塞いでも、私には逃げ場がなかった。 ある日、母が頬を腫らして、床にうずくまり泣いていた。 「お母さん…。」 そっと肩に手を添えると、 「瑞穂…お父さんはもうお母さんの事が嫌いになったんだって…これからは2人で生きていくの。男なんて信じちゃダメ。そして、世の中の男達を見返すの。女がどれだけ強くて美しいかを。」 そう言う母の瞳は、憎しみと悲しみが入り混じっていた。 肩に添えた手を握られ、強い口調で言い放つ母を抱きしめる事ができなかった…。 私はあまりに無力で、あまりに子どもだから…ただ助けて欲しかった。 お母さんもお父さんも大好きだった。 大切な人は、私の気持ちを無視して…私の存在すら無かったように去っていく。 子どもながらに絶望を感じていた。 一生消えない傷…。消せない傷…埋まらない心の穴… 母と2人で暮らすのは決して楽ではなかった。 幼いながらも、自分の事は自分で決め、身の回りの事だって何でもした。 貧しくて、ご飯が食べれない時もあった…。 でも、寂しいとも、悲しいとも…お腹が空いたとも、抱きしめて欲しいとも言えなかった。 閉じ込めた心は、大人になっても同じ。 好きな物を好きと言えず、欲しい物を欲しいと言えない。 これで言いわけないのは分かってる。 でも…殻を破れないでいる。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加