幻香師「異説・猿の手」 ー 3

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幻香師「異説・猿の手」 ー 3

宙を舞う黒い蛾が、羽ばたく度に明滅を繰り返し、幽かな微睡みを振り撒く。 〈ジッジィジジジ──〉 その羽音が奏でる調べは精神雑音だ。 精神雑音とは、人の想念が顕現する時に聴こえる幻聴である。 異形の黒い影が、天井をヤモリのように這い廻る。 その異形に意識を集中すれば、ヤモリのような醜怪な舌が視えるだろう。 精神深度に気を付けながら、僕は心を静かな水面のように透明にする。 『真如の月を映す水の如く、平らかであれ』 八分儀に伝わる幻香師の心得だ。 人の幻覚や妄想に集中し過ぎると、意識が取り込まれてしまうからだ。 『怪物と闘う者は、自らが怪物と化さぬよう心せよ』 ニーチェの言葉の通り、自らが妄想に取り込まれないように注意する。 ベンゾインの甘い香気が、部屋を燻らせて目眩がしそうだ。 【幻香弐式】の効果は著しく、幻香師として訓練を受けた僕でさえ、油断すると意識の微睡みに堕ちてしまう。 それが素人のみふゆなら尚更だ。
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