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「……、おい、縫いぐるみ」
帰ろうとして、立ち上がろうとして、ベッドの横に座る縫いぐるみに手を伸ばした。丸く膨れた腹に、毛の短い熊の縫いぐるみだ。簡潔な縫いぐるみは若者受けを狙ってか上々にチープ、ではないか。そうだな、キュート、な仕上がりになっていた。昼間に自腹で、細かく述べると三千二百円の熊の縫いぐるみを買ったのだが、我ながら姉ちゃんの精神年齢を低く見積もってしまったのか、返品された次第である。
帰る時に持って行けと事前に命令されているし、従わず後で姉ちゃんの怒りに立ち向かう勇気もないのだ、しかし姉ちゃんの怒りに震える目尻が存外可愛らしく思えるのをどうにか自制するとして、なんでこんな陳腐でふざけた熊の縫いぐるみを持って帰らないといけないのか。
三千二百円も払って買ったのが無駄になったのでかなり癪に触った、首根っこを右手で鷲掴めば瓢箪のような括れを強引に形成させ、目の前に引き寄せる。
ベッドの向こうの、窓から伸びる月光に翳した。黒真珠に似た瞳や、笑った口元と小さな鼻。茶色い毛に、腹に大きなハートマークが刺繍された熊の縫いぐるみを見据える。これを家に持って帰っても置く場所に困る、なによりも趣味に合わない。出来れば捨てたい。勿体ないが、案外大きい熊の縫いぐるみを持って帰るのは厄介だ。
踝から膝までの大きさだが、抱えて帰宅するのは気恥ずかしいもんだ。夜であれ人はいるだろうし、やっぱり趣味に合わない。友人に見られでもしたら暫くは茶化すネタにされかねない。
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