彼は上下左右である

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「君は理解出来ない事に狼狽し、困惑し、あまつさえ悲願するかの様で脛をかじり、自尊心を捨て、纏わり付き、訊ね、答案を黒くするのを馬鹿と呼べるかね?」 「……、嫌、だな、なんだか」 「さて、本題に戻るが。熊の縫いぐるみ如きが動こうが動かまいが、君には全く関係がないだろう。それにね、実に君は滑稽な顔をしているよ。異性がそんな君を見たら幻滅するね、断言する、絶対にだよ」 頂上で足を前に出して座り、左手を向けて熊の縫いぐるみに言われた。取り敢えず、黙ってくれ。熊の縫いぐるみに男子としての尊厳を削られるのも癪だが、なんとなく分かった。自分は寝惚けているのだろう。もう十一時だろうし、近頃中々寝付けないのだ。睡眠不足で先程まで仮眠していたのだから自分は寝惚けているに違いない。 こんなメルヘンを想像するなんて、願望でもあるのか。幻聴を耳にしているのだろうが、これが何時終わるのか知り得ない。何時までも幻聴を耳にする未来は御免被る。首根っこを掴み、椅子から腰を上げた。迷わず窓に歩み、開けると上段に構える。 窓から捨てよう、妄想でも不愉快だ。 「いやいやいや、君、ちょっと待てよ君。このボクをまさか、窓から投げようと言うのかい? いたいけなキュートな熊の縫いぐるみを迷わず投げ捨てる気なのかい? ちょっと待ちたまえ、いや、浪漫の欠片もない語り掛けや塵箱に捨てようとする姿勢から鑑みるに投げ捨てる気なんだろうけどね」 幻聴に慈悲を向ける趣味は毛頭もない。迷わず、三階の窓から熊の縫いぐるみを闇夜の町に投げ捨てた。
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