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「夜が輝いているね」
落下する熊の縫いぐるみが言ったが、無視した。窓を閉めようと思い、手を掛ける。涼やかな夜風が頬を撫で抜けた。熊の縫いぐるみが、背の低い民家が並ぶ住宅地に消えて行くのを見届けていたが、黒に没すれば目を凝らせど姿形は見付けれなかった。
「さーゆーうー? 閉めなさいよ、寒いじゃない」
「ああ、悪い姉ちゃん」
怒りを帯びた姉ちゃんの声に振り返りつつ窓を閉める。半開きの目で自分を睨み殺さんとしていた、目尻が感情の段差で痙攣している。自分を舐め上げていた視線は、鼻を鳴らして反らされた。寒くて起きたんだろうか、安眠妨害は好まれない。なにをされるか分かったもんじゃない。例えば横の台にある見舞い品の林檎を投げ出すかも知れない、避けるしかないだろうが、果たして容赦はあるのか。
冷静に考えれば姉ちゃんが本気で林檎を投げ、避けてしまえば背後の硝子が割れる。現時刻からして消灯時間を過ぎているのは明白だし、静かな病院内で高々と硝子が叫ぶのは易く想像出来た。夜勤の看護婦が集まる惨事を思うと、受けるしかないが。
覚悟しよう。さあ、幾らでも投げるが良い。ノーコンでしたはなしだからな、姉ちゃん。
「なに? 目が据わってるじゃん」
不機嫌ではあるが、暴力により主張する気はないように思えた。自分は前髪を撫で、気持ちを整理した。投げない、それが分かっただけで上々だ。
「左右、熊の縫いぐるみは貸しだから。分かってる? 私は十八歳じゃん? で、なんでチョイスが熊の縫いぐるみなのかしら」
口元が笑っていたが、姉ちゃんこそ目が据わっている。林檎は飛んで来ないが、透明で殺傷能力が高いのが飛んで来そうだ。言葉の暴力である。
「左右、あんたマジでセンスないわあ」
「すんません」
文句は呑み込め、上下左右。友人の間では縦横男と呼ばれている男だろう。あれ、違ったか。すれ違いを覚えた。どうであれ文句は胃に落ちたから上々だ。
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