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損なもんだった。熊の縫いぐるみを寝惚けていたからとは言え、癪に触る事を言われた気になって投げ捨てたのはどうにも損なもんだったと思う。両肩に回るリュックサックの紐を指でなぞるように引っ掻け、背負い直す。
夜風吹く現在、目立った交差点もない住宅街を歩み続けていた。空に目を向け、足を止める。月は綺麗だ。嘲笑っていた。今の時期なら虫がそれなりに、人だって騒いでいても良いんだが、やけに今日は静かだ。耳に入るのは機械的な音だけで、例を出せば眼前で上から降り下ろされる遮断桿と共に鳴る警告位である。腕木式の遮断機、踏切を踏み越える気はない。
数十秒もすれば電車が通過して行く場所に、大胆な人間じゃない自分は歩み出しはしない。姉ちゃんの事もあってか一段と気を配っていた。赤い光が回る、目を焼く色をぼやかしながら電車が通過するまで暇なので、熊の縫いぐるみを探す事も兼ねて様子を伺う。とは言え、豪腕でもない自分が自宅に程近いこの付近まで投擲出来たとは思えない。精々が、二十メートルかそこらだ。
なのに何故か、線路と道路を隔てる青い金網に片手を任す熊の縫いぐるみを見付けたりした。二号線沿いの病院から住宅街に投げたのは良い。距離も直線で百やそこらとしても、何故熊の縫いぐるみは歩いているのか。右側の道路に何故、いるんだ。
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