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その生き物はパンダのようでありながら頭部の毛が全て黒く、ツキノワグマのようでありながら月の輪がない。
ひとつだけ確実に言えるのは哺乳類であるということぐらいだった。
それによく見ると体表側にポケットのようなものまで付いている。
「ああ。つまり君は、進化の行き止まりで躓いて、あと20センチばかりの壁が越えられないんだね」
「進化の枝葉というのは時に皮肉な伸び方をします。つまりは目的があって生物にその形体をとらせるのではなく、進化することそれそのものが目的になるんです。目的的なのです」
「また、時には皮肉な相似形を描くこともあるようだね」
僕は遠まわしに彼の(おそらく彼女ではないだろうと思う)ポケットに付いての質問をしてみることにする。
「オーストラリアという孤立した島に住んでいる有袋類という特異な特徴を有する系は、大陸に住む動物とまるで対になるかのような種があり、その進化の枝葉は大陸のものと相似形を描くんだ。
オオカミにはフクロオオカミ、アリクイにはフクロアリクイ、モグラにはフクロモグラ」
「なるほど。つまり私にも対になる、[袋を持った私]が存在するということなんですね」
「いや、そうじゃなくてつまり……。君にはすでに袋があるだろう?」
僕がそういうとそいつはキョトンとした顔をした後、ヒコヒコとまるで発作のように笑い始めた。
それはまったく袋小路に迷い込んだような、どこにも行けない笑い方だった。
「ああ、何だか楽しい時間を過ごさせていただきました。それでは私はそろそろ失礼することにします」
なんとか笑いが収まると、そいつはぺこりと頭を下げた。
そして去り際に
「そうそう。あそこのクリーニング店、メール会員になっておくと、たまにYシャツ半額なんてクーポンが送られてくるんでお得ですよ」
なんてアドイスまでしてくれた。
確かアレは人間というのだったか
本当に奇妙な、まるで袋小路にはまったような生き物だ
ワタシは背後の生き物の姿を思い返してそう呟いた。
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