†混沌†

2/9
123人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
―嫌な予感がした。 暗く、月の無い深淵の闇夜に沈む神殿の廊下を、蝋台の明かりが薄暗く灯す中、長身の影が疾走する。 ――――― 逸る胸の鼓動を抑え、クロアは中間界での監視の任を終えた直後、真っ直ぐに脇目も降らず聖界、第6階層にある神殿へと帰還していた。 『何なんだ……!?』 まるで、心を苛む不穏な何かを愚見したかのような仄暗い静寂の闇に支配された神殿の廊下を、クロアは全力で駆けながら、胸に渦巻く嫌な胸騒ぎを必死に抑え込む。 クロアが中間界に降りて暫くした辺りから、急激に胸の内を襲ってきた嫌な予感。 心を落ち着かせず、ざらざらとした不快感が全身を這い回り、嫌な胸騒ぎをクロアの胸中に呼び込みながら、同時に浮かぶ、ロアの姿。 廊下で口付けの合間にクロアが告げた約束に、ほんのりと嬉しげに笑ってくれた笑顔。 それが、何故、こんな予感と共に思い浮かぶのか。 『縁起でもない……ッ…』 神殿、最奥にある奥離宮。 更にその奥にある聖司官専用室に居る筈のロアの元を目指しながら、クロアは己の中に生じている最悪を必死に振り切った。 そうして、永遠にも思えた神殿の廊下を抜け、漸く奥離宮、聖司官専用室の扉の横に設置されている外灯の明かりが見えて来ると、そこには、 「中間界との移動も含めて、きっかり四時間か」 「ッ………」 軽く両腕を組んだ状態で扉に背中を預け凭れ掛かり、僅かに息を乱したクロアの姿に苦笑する美丈夫の青年、 「時間通りの帰還だな、クロア」 「セキル様…!?」 ロアの弟、セキルが居た。 外灯の明かりに照らされた、肩より少し長めの癖の無い柔らかな明るい金の髪に、闇の中でも澄みきった蒼天を思い出させる青水晶の瞳。 ロアによく似た面差しながら男性的な印象が強く、やや長身で、闊達(カッタツ)で明るい雰囲気と朗らかな口調が特徴的なセキル。 第6階層の神殿内に居を構えているロアとは違い、養子に出た先の第5階層のミレアの屋敷がある敷地内に邸宅を構えている筈のセキルが何故、此処に居るのか。 「ロア様は!?」 ロアの身に何かなければ、この場に居る筈が無いセキルに、クロアは思わず詰め寄った。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!