7/11
前へ
/36ページ
次へ
「その薄汚い左手、燃やそうか?」 静かに言い放ち、ギラリと酒井を見つめた。 昔は怖いもの知らずの不良であったとは言え、辰也も三十を過ぎた大人である。 父親の残したこの店で、暴力沙汰を起こす事は当然無いのだが、酒井をうろたえさせるには充分過ぎる凄みがあった。 酒井の左手は、辰也にライターを向けられた時より、カウンターの上に置かれていた。 酒井が美加へと視線を泳がせたが、すぐに驚きの表情に変わった。 つられて、辰也も美加を見る。 辰也の口から溜め息が溢れた。 美加は口を半開きに開き、宙を仰いでいた。 つまり寝ていたのである。 「ガゴッッ……」 美加の鼻が鳴った。 「娘が見てるんだ。……程々にしとけよ」 酒井に言いながら、テーブルにある胡瓜の野菜スティックを美加の口に押し込んだ。 「ガリッ…ガリッ……」 口の中の胡瓜を噛み砕きながら美加が目を覚ました。 「ボリッ……あ…あれっ!? た…辰也!  ………な…何で私はここにいる?」 慌てながら辺りを見渡す。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加