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業者は暴れていたが、しばらくたつと落ち着きを取り戻し、その場に腰を下ろしてうなだれている。俺は、羽交い締めにしていた手を離した。
業者が俺に背中を向けたまま呟くように言った。
「取り乱したりしてすまなかった…」
働いている者の苦しみは、計り知れない。それに加えて自販機が喋る世界だ。気が動転してもおかしくない状況だった。
俺は、慎重に距離を縮めていくべきだったと後悔した。
「俺の方こそ…羽交い締めなんかしてすいませんでした」
「あ、あの…僕もすいません。驚くと飲み物が出ちゃうみたいなんです」
業者は、こちらに振り返って不思議そうにこちらを見ている。
業者は、俺と自販機くんを交互に見たあと、俺に向き直った。
業者の目は、泳いでいる。たぶん、後ろにいる自販機くんが気になるのだろう。俺を見上げている業者が言った。
「…いいんだ。君たち…が謝る事じゃない。ただ、教えてほしいんだ」
「え?ええ。いいですけど…」
「この世界は、夢…なんだよな…。夢の世界であって夢の世界じゃないって…どういうことなんだ…?」
俺達が聞こうとしていたことを業者がそれを言ったことで、俺の考えていたことが振り出しに戻ってしまった。
俺は、口から息を大きく吸い込んだ。鼻から抜けていく空気の冷たさを鼻筋に感じる。また、取り乱したりしたら今度は俺に殴りかかるかもしれない。今度は、慎重に言葉を選ばなければならないと、俺はそう思った。
「えーと…取り乱さずに聞いてください。いいですか?俺達もそのことについてあなたに聞きたかったんです」
業者は、落胆した表情を浮かべた。
その表情は、暗い陰を帯びているようだった。
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