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はあっと盛大な溜息を吐く先輩。
あっれーなになに先輩ってば疲れてるー?
「幸せ逃げちゃいますよ。溜息吐くなら、ほら俺に至近距離で浴びせかけるように吐いて下さいよ」
ほらゼロ距離でカモン、と顔を突き出すと先輩はジトっとした目、言うならば路傍の石ころに止まった蝿を見るような目で見つめてくる。やべ、惚れそう。
俺が渋々顔を引っ込めると、また溜息吐く。なんだよ情緒不安定だな。
先輩は綺麗にセットした頭を惜しげもなくガシガシ掻くと、口を開く。
「ねえ、ここは何をするところかな」
「え、先輩もしかしてそれ誘ってるんですか。いやでも、流石にここでするのはビギナーな俺には敷居が高いというか、まあ、どうしてもと言うならばやぶさかでもない」
「いやまじでうん。そういうのいいから本当に。というかね、キミはアレを見てどう思うのかというわけだ」
ビッと先輩が指差す方向には黒板。
斜光が筋を作る間にデカデカと書かれているのは、金という一文字。
ふむ、と俺は顎に手をやる。
これは難問だ。
金というものには魔力がある。
それ故にありとあらゆる間違い起こる。
マネーロンダリング、政治献金問題、地下帝国での強制労働、金は命より重い・・・・・・!!
先輩が指し示すこの文字、額面通りに捉えてはいけない筈だ。
その時、脳髄に電撃が走り抜けた。
そうか、そういうことなのか!
一つの解を得た俺は、恐る恐る口を開く。
「せ、先輩。イチ、ゴでどう?」
「うんそうだよね。部で計画したヨーロッパ旅行プランの費用がどこに消えたかということだよね」
「はいその通りです」
足掻いてみましたが無理でした。
ていうか日に日に先輩の下ネタスルースキル上がってないか。これ、そのうち、いきなりおっぱい揉んでもスルーしてくれるようになんないかな無理か。
西陽は段々とその色を落とし、外は少しずつチョコレートのような暗闇を作り始める。春とはいえ、窓から入り込む風はまだ肌寒い。
先輩はカーディガンの裾を伸ばすように手を埋めて、寒そうに摺り合わせた後、先程よりも盛大な溜息を吐いた。
目線を俺から下げて、雑誌を開く。
先輩――――――八城千鶴子先輩は、姉のような存在である。
付き合いは小さい頃から。どういう経緯があって出会ったのかは覚えていない。
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