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金庫を買ったのは俺、費用を集めてそこに入れようと提案したのも俺。
はたまた金庫のナンバーロックを設定したのも俺。
刑事事件ならば、物的証拠がなくとも状況証拠でお縄である。
しかし、俺はやってない。やってないもんはやってない。
それでも俺はやってない。
「まあ、それに賛同した私と部長にも責任があるわけだしね。キミばっかり責めても仕方ないけどさ。まぬけ」
「責めてるじゃん・・・・・・」
千鶴子先輩はパタンと旅行雑誌を閉じ、立ち上がる。立ち上がると、いつも思うのだが、先輩は背が小さい。俺の胸元くらいまでしかないのではないだろうか。
いつも思う、というのは、先輩は顔立ちだけを見れば大人っぽい綺麗目系お嬢さんなのだが、そこから想像されるスラリとした長身の体躯ではないからだ。けどそれが良い。抱きしめたいよハアハア。
先輩は俺の舐めるような目線を意にも介さず、鼻歌を歌いながらマグカップを手に取ってコーヒーを入れ始めた。
「あ、すんませんイタリアンローストはもうないです」
「まあ、たまにはゴールドブレンドも良いかなあ。キミも要る?」
「ではお言葉に甘えて」
「うむ。入れてしんぜよう」
給湯ポットからお湯が注がれると、室内に香ばしい匂いが漂う。
マグカップを二つ持って、先輩がこちらに歩いてくる。
礼を言って受け取る時、ちらりと袖の間から手首の傷を見てしまう。
「消えないってば、馬鹿だなあ」
やはりバレていたみたいだ。
何かを言い返そうとしたが、先輩はもうこちらを見ずに雑誌を開いていた。
熱そうにコーヒーを啜っている。
ご相伴に預かり、俺もマグカップに口をつける。甘酸っぱくも香ばしい空気が鼻に抜け、心地良い。でもやはりイタリアンローストの方がいいな。
もう一度先輩を見る。
雑誌で隠れて表情は見えなかったが、何か言いたげな、そんな雰囲気を俺は感じた。
今度は俺が溜息を吐いて、雑誌を開く。
俺の天使を悲しませるわけにはいかないのだ。何か考えなければ。
コーヒーを男らしく飲み干して、思った。
今度からは格好つけずに砂糖を入れよう。
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