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緑川巧人(みどりかわ たくと)は仕事を終えた電車での帰途にあって、すでに帰ってから飲むべき酒の種類と、今晩見るべきインターネットのサイトとについて、頭の中で物色していた。今日は少し早い帰宅だったから、読経をすぐして風呂に入ればゆっくり飲めるだろうと思った。緑川は毎朝神に祈り、毎晩読経する習慣だった。先祖や家族や同僚の社員、また知人の幸福を祈らなければ、何か相手に対し自分が悪く思われるとともに、そうしないことは不安でもあった。
緑川は嘘をつかぬよう努め、人の悪意に善意を返すことを日々の心得としていた。カバンには必ず何かの宗教書を入れていた。三十過ぎでまだ独身だった。郊外のアパートを借りて住んでいた。
電車内の吊り広告がふと目に留まった。雑誌の広告で、見出しの一つに、「小学生女児、全裸で保護」とあった。疲れていた緑川は感情を痛く刺激された。そしてそんな場面に出くわしたいものだと思った。雑誌の名前を確かめて、あとからコンビニで見てみようと思った。
座っている緑川の前に、塾帰りらしい女子高校生の一団が乗ってきて立った。初夏のことで、薄着に短いスカート、脚や二の腕の肌がまぶしかった。いろいろなにおいが鼻をかすめた。美しいが、重いと緑川は思った。
いくつかの駅が過ぎて、車内は空いてきた。停車中、今日も昨日と同じワインにしようと緑川は決めた。降りるまであと三駅であった。
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