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志津雨里(しづあまり)は、雨と風に打たれながら、つくづく運が悪いな、と参っていた。
木造の住宅や華やかな料亭、趣のある自営の居酒屋が並ぶ東京下町へ辿り着いたその時はまだ、死のうとだなんて思っていなかった。
だが今になって、思い至ったのである。理由をつけるとすれば、つくづく運の悪い自分に呆れ果てたとでも言うべきか。
高校を卒業し大学を卒業し、夢である小説家を目指し早三年。新人賞に原稿を送るが、効果はなく。ついに自費出版で小説を出したまではいいが、全く以て売れる兆しが見えてこない。
そう簡単には人気が出るものかとそこは割り切っていたが、自分の人生にほとほと嫌になっていた。
一昨年、母親が病死した。
唯一の家族であり理解者であった彼女の死は、雨里に多大なダメージを与えたのである。
(そうよ、生きてたって意味なんかない。私はもう死ぬわ)
悲しむ人間などどこにいるだろう。いいのだ、別に。死ぬのは人の勝手だ。生まれは選べずとも、死に方くらい自分で決めてやる。
斬新な小説作りの取材の為故郷を離れた彼女だったが、その選択は彼女を死に導く為の道しるべでしかなかった。
雨は止む気配を見せず、雨里はしとどと濡れそぼちながら、ある小さな宿屋を見つけた。
雨のせいか靄がかっており、不気味とも言える古びた木造の屋敷。外から見た限り、三階建てだということが明瞭だ。
“靄禅堂”と筆で書かれた、雨に濡れて腐れた板が、門に打ちつけられている。
足を踏み入れるのには勇気がいった。
しかしそこは、自殺には持ってこいの場所ではないか。
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