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暖簾をくぐって建てつけの悪い引き戸を引くと、雨の湿った匂いとその屋敷独特の匂いが入り混じり、どうにも異様な感覚を持たせた。
薄暗く、柱が妙に多い。受け付けらしき台と赤い自動販売機が向こうに見え、小さな丸窓には障子が張られていた。
「にゃあ」
不意に甲高い声がして、玄関で惚けていた雨里はびくりと肩を震わせる。
一段高い床の上には、雨里を迎えるように、不細工なぶち猫が座っていた。
玄関の両脇に設置された行灯の炎が、猫を照らしている。猫は細い目を更に眩しそうに細め、雨里を見つめている。
「何よ」
雨里はむすっとした表情で猫を睨んだ。猫は嫌いだ。子供の頃何度も噛まれたことがある。
すると今度は、奥の方から男の声が聞こえた。
「おや、これはこれは、珍しいな。人間の御客様かい」
ミシリミシリと、床が鳴る。足音だ。間違いなく、誰かが歩いてきている。雨里は思わず警戒した。
長く続く廊下の両脇には、幾つも部屋がある。闇に包まれた奥から姿を現したのは――目を閉じた肌の白い男だった。
うなじを隠すほどのさんばら髪は、烏の羽根のように、黒猫の毛並みのように黒い。藍染の羽織を肩に引っ掛け、落ち着いた深緑の着流しの袂を揺らした彼は、雨里の顔に右手を伸ばした。
いきなり顔を撫で回され、雨里はぎゃあっと声を上げそうになる。
「ちょっ……! 何するんですか!」辛うじてそれは避けることが出来た。雨里は男の手を急いでひっぺがす。
男は悪気のない顔で、にこりと笑って言った。
「大福餅みたいな顔してるな、君」
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