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雨里は仰天した。なんて失礼な男なのだろう!
大福餅だって?
「貴方、初対面の人間に対してあまりにも失礼じゃありませんか?」唇を尖らせ、長いおさげを揺らして腕を組み、雨里は反駁した。男は顔を綻ばせたまま、
「思ったことを言ったまでだよ。何でそんなに怒るんだい」
と言ってのける。雨里には益々理解出来ない。
「その態度が失礼だと言っているんです! 私は客ですよ!? この宿に泊まりに来た客です!」
「キンキンうるさい客だなあ。君みたいな客なら僕は要らないよ。うちはこう見えて繁盛してるからね」
「何ですって?」
繁盛している? 雨里は耳を疑った。宿内はしんと静まり返っている。とても人が泊まっているとは思えない。
腕時計に目を落とす。時刻は午後七時。そろそろ日は暮れる頃だが、眠りにつくにはいささか早すぎる。
「見え透いた嘘を吐くのはやめて下さい。御客様なんていないのは分かっています。こんな不気味な宿屋、誰が好んで来るもんですか」
してやったり、という顔で、雨里はずれた赤縁の眼鏡を押し上げる。
「そんなにここは不気味かい?」男は飄々と尋ねた。ああ、僕目が見えないからね。ごめんね。とつけ加えた。
雨里は押し黙る。
目が見えない。
この世界を映すことが出来ない。
それを知って、男に対しての憐れみの気持ちが沸き上がったのだ。
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