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二階へ向かった。やはり、しんと静まり返っている。
客などいる気配など微塵もない。靄禅堂は強がって嘘を吐いただけやも知れない。
案内された部屋は、広くもなく狭くもない、雨の匂いが充満した部屋だった。
中央には四角いテーブルに紫の座布団、敷居の向こうには既に煎餅布団が敷かれている。
まるで雨里が訪れることを予知していたようだ。
「夕食(ゆうげ)はどうする? 食べるかい?」
「……いえ、遠慮して置きます」
食べたって意味はない。
彼女はここで死ぬのだから。
靄禅堂は「そうか。では、ごゆっくり」
そう言って部屋を出ていこうとする。雨里はそんな男を引き止めた。
「あの、待って下さい。何かロープみたいなもの、ありませんか?」
「ロープ?」靄禅堂はきょとんとして問い返す。
「はい。出来れば、ちぎれにくい、頑丈なものを」
「ああ、ロープなら棚の上から二番目に入っているけどね」
「え?」
今度は雨里がきょとんとする出番だった。部屋のはしっこに、古ぼけた木のタンスがある。
用意してあるのか? 何故だ。
ロープなど、大抵の人間は使わない筈なのに。
「……そう。分かりました」
だが、今の雨里にはそこまで深く考える余裕はなかった。
「雨里ちゃん」
ふと名前を呼ばれて、雨里は顔を上げた。
靄禅堂は襖を開けて振り返ると、背筋に寒気が降りる程の美しい冷笑を浮かべた。
「僕はね、人間が大嫌いなんだ」
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