◆プロローグ◆

6/12
前へ
/24ページ
次へ
二階へ向かった。やはり、しんと静まり返っている。 客などいる気配など微塵もない。靄禅堂は強がって嘘を吐いただけやも知れない。 案内された部屋は、広くもなく狭くもない、雨の匂いが充満した部屋だった。 中央には四角いテーブルに紫の座布団、敷居の向こうには既に煎餅布団が敷かれている。 まるで雨里が訪れることを予知していたようだ。 「夕食(ゆうげ)はどうする? 食べるかい?」 「……いえ、遠慮して置きます」 食べたって意味はない。 彼女はここで死ぬのだから。 靄禅堂は「そうか。では、ごゆっくり」 そう言って部屋を出ていこうとする。雨里はそんな男を引き止めた。 「あの、待って下さい。何かロープみたいなもの、ありませんか?」 「ロープ?」靄禅堂はきょとんとして問い返す。 「はい。出来れば、ちぎれにくい、頑丈なものを」 「ああ、ロープなら棚の上から二番目に入っているけどね」 「え?」 今度は雨里がきょとんとする出番だった。部屋のはしっこに、古ぼけた木のタンスがある。 用意してあるのか? 何故だ。 ロープなど、大抵の人間は使わない筈なのに。 「……そう。分かりました」 だが、今の雨里にはそこまで深く考える余裕はなかった。 「雨里ちゃん」 ふと名前を呼ばれて、雨里は顔を上げた。 靄禅堂は襖を開けて振り返ると、背筋に寒気が降りる程の美しい冷笑を浮かべた。 「僕はね、人間が大嫌いなんだ」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加