第1章

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    1    ――目は、もっとやさしかったような気がする。  田辺由加はマウスを動かして、モニターに映し出された〝あの人〟の目尻を少し下げてみる。  目尻は下がったが、今度はべそをかいた泣き顔のようになってしまった。  ――こんな顔じゃない。〝あの人〟の目はどこか人を引きつける、魅力あるものだったはずだ。  目尻のラインを戻して、今度は眉に手を加えようとする。 「へえ、すげえ。絵うまいじゃん」  急に背後から声をかけられて、由加は飛び上がりそうになった。  午後の十時。社員は全員が退社したものと思っていたのに、由加が振り返ると先輩社員でデザイナーの園井康太が腕組みをして立っていた。 「あ、いえ!」 「いいよ。ほかのやつらには黙っててやるから」  園井はそう言うと、近くの椅子を引き寄せてモニター画面をのぞき込む。かすかにアルコールの臭いがした。  由加は急いでファイルを閉じようとするが、指先が硬直してマウスの動きがぎごちなくなっている。 「これイラレだよね」 「はい」  イラレとは、業界用語でアドビシステム社のドローソフトであるイラストレーターのことをいう。  その日もまた、由加はひとり会社に残って、〝あの人〟の顔を描いていたのだった。 「コマンドキーとSキーを同時に押すとセーブできるから。そのファイルを閉じるならコマンドキーとWキーを」  園井の言う通りに指を動かして、ようやくファイルを閉じることができた。 「……すいません」  ようやく言葉を絞り出す。 「まー、私用で会社のパソコンを使うのはどうかと思うけど、それ、なんかの内職?」  園井は、腕組みをしたまま顎を動かす。 「いいえ。そんなんじゃありません。ただ……」 「そうだろうね。イラストっていうより肖像画か。かなり精密な絵だもんな。でも、驚いたよ。田辺さん、絵の才能があるんじゃないの」 「……いえ」  由加は、この場から逃げ出したい衝動を抑えていた。 「いつも頑張って残業をしてくれてるじゃない。それは社長も感謝してるって。でも、こう何日も続くとね。なにやってんだろって話にもなるわけ」 「それは私の仕事が遅いから……。でも、仕事はちゃんとやってます」
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