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招集
どの空も平等にぐずつく週末のこと。早朝のバイトから帰宅すると、奇妙な留守電が入っていた。
「巡り物語に参加しなさい。さすれば貴方の願いが叶います。日時と場所は……」
イタ電にしては妙だな。そう思いつつ腕時計を巻く。すると午後の講義の時刻が迫っていることを知って、消さないまま慌てて家を出た。そして向かった学校で、親しい仲間達が自分と似たような電話を受け取ったことを知る。
「――そういえばさ、」
午前三時半。今日の会議は校内エコに関する会議だった。のだが。彼らはいつも通り好き勝手なことを言い出すので話はなかなか進まない。しかし、フリーダムなメンバーのうちの、緑のフレーム眼鏡をした男子が留守電の話をはじめると、室内の空気が変わった。
「それ、俺の所にも来よったで!」
「あ、おれんとこにも来た」
「僕の所にも」
「私の所にも……」
一番騒がしかった男子が更に素っ頓狂な声を上げたのをきっかけに、大声に反応した彼らが次ぎ次ぎに声を上がっていく。
「ほぼ全員じゃねーか」
雀斑のある男子の言うとおり、どうやらこの会議室に出席した全員に、この電話はあったようだった。内容は全て同じ、【あなたの願いが叶います】。ただ一つだけ違っているのは、言葉であった。
「俺はてっきり委員長が出したものかと思った」
「まさか。私が何十もの方言で喋れると思っていらしたら、それは私を買い被りすぎですの」
「しかし、だとしたら誰が?」
「誰ぞおるか、全国の方言で喋れる奴が」
「あたしは無理! 東北とか、外国語にしか聞こえないし見えないもん。アンタは?」
「私は関東生まれだから……琉球語やアイヌ語は独特で素敵だとは思うけど、簡単なものしか知らないし、喋れない」
「てかさ、一つの県でも、北と南じゃ全然言葉って違ってくるよ? 内陸部とか特にそうじゃん」
「そういえばどんな声だった?」
「え、機械の声じゃなかったと思うけど」
「ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声」
「はっきり男か女かと言われると自信ないな……」
「複数人の犯行というわけではなさそうだ。聞いたところ、同一人物のもののように思える」
「犯行って、そんな」
「怖いフラグ立てるなよ!」
「悪戯ではないの? 内容が内容だし」
「悪戯にしちゃやたら手が込んどるのう、皆、自分とこの言葉なんやろ?」
「この指定の場所に関係する子が仕掛け人じゃないの?」
「そうね、君ならこういうことに、惜しみなく労を尽くしそうだけど」
そう言って、包帯を巻いた女子が隣の癖っ毛の女子を肘で突っついた。
「なんでミヨちゃんじゃと思うんじゃ?」
「知らないの? 電話の内容で示された場所、この子の地元の地名なんだよ」
「私は知らん、だが」
「だが?」
「この電話を受けた時、私も何だか変だと思ってな。この場所に電話をしてみた。そうしたら、これは平屋の貸し家の住所だった。普段はパーティーをする時なんかに借りるらしいんだが、問い合わせたら、確かにその日に予約が入っていると言っていた」
「予約された方はどんな方?」
「それは守秘義務で答えられない……って言われたが、私が、それに招かれた客だと言ったら教えてくれた。そいつ、予約は電話でとったらしい。料金はもう振り込まれていると聞いた。電話の相手は男とも女ともつかない声で、妙にか細かったと」
「名前は?」
おかっぱ頭の女子が尋ねると、癖毛の女子はなぜか少し言いよどんだ。それから、一度口内にたまった唾を飲み下してから言う。
「狂言、巡(きょうげん、めぐり)」
「何それ芸名?」
「適当に単語くっつけた感じだな」
「……狂言廻し……巡り物語……」
「知ってるの?」
「いえ……何となく思いついて……」
「え、それ、どういう意味なの?」
ベールをつけた女子の呟きを拾って、何か知っていると感づいた小麦肌の女子が食い下がると、先程の癖毛女子と同じく微妙な顔をして、隣のお団子頭女子と一瞬目を合わせてから、いつもより早口で答えた。
「狂言廻しとは物語において、受け手――観る側に物語の進行を手助けするために登場する役割のこと。場合によっては物語の進行役も務めます」
「巡り物語は、複数の人達で行う怪談。何人かで順番に話をしていく形式で、有名なのは、百物語だけど……」
「あ、それ一昨日の講義で習ったぜ。江戸で流行った一晩で百の話を語るゲームだろ? 要するにこういうこと? この電話かけてきた奴は、俺達に場所を提供して怖い話をさせたいんだな」
「まるで手紙の差出人は当然ここにいるだろうと言わんばかりだな」
「どうだかー?」
混ぜっ返すモヒカン頭の男子と、ヘアピンをたくさんくっつけた男子は楽しそうに周りの人間を見渡した。男子も女子も皆一様に戸惑ったような顔をして、あるものは目線を逸らし、あるものは何か考え込んでいる様子だ。
「ま、誰が仕掛け人か分からないけど、面白そうなこと企画してくれたみたいじゃん? 最近暑いし、退屈だったんだ。ちょうど良い。やらないかい、百物語?」
「ちょっと、待ちなよ」
そこで三連ピアスをつけたの男子が口を挟んだ。
「何だ、お前も好きじゃん、こういうの」
「そりゃ嫌いじゃないけどさ……何かおかしいと思わないの? 差出人、君の言うところの仕掛け人は誰だか分かんないんだよ。それに、悪戯って言い切るには、何か……不気味だし」
「だから面白いんじゃん! 隠しておいて、きっとなんか衝撃ハプニングでも狙ってんだろ。そんなことを言ってる、お前が仕掛け人かも知れないし?」
「違うよ」
「どうかな、ドッキリ大賞よく観てるじゃん」
からかい半分の者と、どこかムキになった者の応酬を尻目に、会議中にも関わらずアイス棒を食べていた男子がぼそりと呟いた。
「悪魔からの手紙かね?」
「悪魔ぁ?」
その彼の隣でプリントの整理をしていた、詰襟服を着た女子が思わず手を止めてぽかんと口を開ける。【悪魔】という響きが、あまりに非現実的すぎたからだ。
「妙なこと言うのやめてよ! あたし、ちょっと怖くなっちゃったじゃない」
「なんか、B級ホラー映画の序章っぽいよな」
「悪魔、悪魔……悪魔って、日本語のどんな方言も喋れるの?」
「ずいぶん日本通な悪魔だな」
「悪魔は西洋のものでしょ、無理なんじゃないの? 知らないけど」
「じゃあ鬼とか?」
「じゃあって……鬼ってチンタラ人に駄弁らせてから喰うのか?」
「なんか気味が悪いねえ」
「そうだな。何てったって、ホスト役がわからんからな……」
「ただ単に隠してるだけではない何かが、ありそうな気がしますよう」
「何しろ、この仕掛け人は全国の方言で電話をかけてる。もちろん、協力者がいれば出来る事だが、極めて面倒なことには変わりない」
「そんなことをよだきい(面倒臭い)ことしてまで、こんな誘いを出す目的って何?」
「……案外、本当にこの中の誰かかもしれねーじゃねーの? こいつが変なこと言い出すから、名乗り出にくくなっちまったとか」
怯えはじめた感じやすい恋人を、椅子ごと抱き締めた眼帯男子が、極めて現実的なコメントを出した。もちろん、そんな彼にも電話が来ている。微妙な空気を切り替えるように、坊主頭の男子が呟いた。
「そーいや明日からは、夏休みだ」
「巡り物語、ねえ」
「暇つぶしにはなりそうだな」
結局手紙を受け取った者のうち、参加したい者だけが手紙の日時に癖毛の女子の地元に集まることとなった。口では嫌だ変だとぶつぶつ言っていた連中も、しっかり日程をメモしていて、参加する気マンマンである。――まるであたかも、差出人の意志に無条件に従わされているかのように。
「あなたの願いが叶います……ねぇ。何か意味深な文句じゃん」
「景品とかじゃなくて【願い】だもんねー」
「どんなお願いでも叶うのかな」 「どんな言い値でもその場で渡してくれるのかな」
「生々しいゾ」
「そしたら俺、世界中のお菓子を腹いっぱい食べてみたいな」
「限度はあるんじゃないデスカ。というか、君の願いはなんだよ、どこの芋粥侍デスカ」
「古いわ」
呑気なコメントや真面目な突っ込みが矢継ぎ早に出てくるが。珍しく話が脱線も逸脱しない。その場にいた全員が話題に載るように誘導していたのは紛れもなく、【その言葉】のようだった。
「大勢が集まるのなら、なんか食べるものなど用意した方がよくね?」
「確かに。百本も物語をしたら、絶対時間がかかるし」
「作ってて夜があけたら雰囲気台無しになるしなー、なんか各自で用意していこうぜ」
「お、いいね。お菓子だったら提供しちゃうよ」
「あ、俺も! 何もってこ」
「果物とかもいいー?」
どこか謎が匂う【お誘い】とは裏腹に、まだ会議室に残っているメンバーは楽しそうに当日について語り合った。 しかしその心には、同じ文句が燻っている。電話の言葉は、新聞の広告や安っぽい雑誌に載っている煽り文とそう変わらない。そうだというのに、なぜか心が惹かれて止まない。そんな思いを振り払うかのように、彼らは一際楽しそうに計画を立てた。
「部屋を真っ暗にするんだよね? わあ、雰囲気出るなあ」
「真っ暗やといろいろ大変やねえ……せや、行灯でも持ってきましょか? 百物語を行う際は、灯心を百本並べて一話話すごとに灯心を引き抜いていくそうですよ」
「それって、だんだん薄暗くなってくってこと?」
「……怖そう……」
「最後の一本が消えたら、真っ暗になっちゃうね……」
「楽しみだね」
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