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女しかいない村
「この俺、グレアム・J・キュルテンが不思議な村に行った話をしよう」
ざっと三〇〇年くらい前のことだとグレアムは振り返る。当時は海外に住んでおり、借りた家は美しい海岸のすぐ近くだった。その砂浜でときどき見知らぬ女の人が歌いにきている……そんな噂があった。更に聞けば、ちょっと見かけないほどの美人だと。そして海岸近くの町の男が何人か、その女性に誘われるがままについていって、それきり梨の礫とも聞いた。
グレアムはその謎の美人に興味を持ち、海岸に行ってみた。そしたら噂通り、綺麗な女の人が歌っていた。どんな言葉かは忘れたが、その国の公用語ではなかった。色んな国の言葉を混ぜたような……そんな不思議な言語の歌だった。意味は分からない。けど、ついふらふらと吸い寄せられそうな綺麗な声だったという。
グレアムが歌を聴いていることに気づくと、彼女はふと歌うのを止めて、振り返ってにっこりと笑った。そして、手招きをしてきた。突然一切合切抗えない衝動に駆られて、女の人の後をついていった。
着いたのは、ぜんぜん来たことも見たことのない村だった。黙って彼女の後について歩いていると、町の人達が何だか自分のことをジッと見ていた気がした。しかも、それが全員女性であった。町に女性しかいないと悟るのはあっという間だった。
さすがに変な町だと思ったが、不思議と逃げる気にはなれなかったそうだ。彼女はまず、グレアムとある大きな屋敷に連れて行った。門をくぐると、玄関には年嵩だが彼女に負けずとも劣らず美しい女性が立っていた。
「ご苦労様」
どうやらこの村のリーダー格らしい女性は彼女を労うと、グレアムの方を向いた。
「初めまして、素敵な紳士様。さて……最初に言っておきますわね。そろそろお気づきでしょうけど、ここは普通の村じゃありませんの。そして、あなたはもうここから出られません。逃げられもしません」
「どうしてですか?」
「ここは人魚の村ですわ。わたくしもあなたを連れてきたあの子も、みんな人魚なんですのよ」
「人魚……」
「ええ。不老不死の女しかいない集落ですの。……残念ですけど、あなたにはわたくし達のお祭りの供物になって頂きます。わたくし達は月に一度、ある祭りを行いますの。その時に人間の男の肉を食べるのです。悪く思わないで下さいましね、見知らぬ女の色香に惑わされた方も責任がありますから。まあ、どうせ短い人生なんですもの、男らしく覚悟を決めて下さいな」
そう言われ、グレアムは困ってしまった。……何せ自分は当に人間を卒業している。どうしたらいいか分からなかったので、とりあえず事情を正直にリーダー格の女性に伝えた。そしたら、彼女は驚いてグレアムの全身を眺めまわした後、かなり悔しそうな顔でため息をついた。
「まあ口惜しい……人間ではなかったんですの。久方ぶりの美味しそうな殿方だと思いましたのに。……ならば仕方ありませんわね、もうお帰り下さい。ただし、この村やわたくし達のことを誰にも話してはいけませんよ。まあ誰に話したって信じてくれないと思いますけど」
女は手を叩いた。すると屋敷からに何人かの女の人が出てきて、あっという間にグレアムを取り囲んだ。そしてグレアムはその人達に押されたり引っ張られたりしながら来た道を戻り、気が付いたら……海岸に戻っていた。
それからもう一度、グレアムはその村に行きたくなった。だが、不可能だった。着かないというか、あったはずの道がなかったのだ。それ以降も、あの海岸ではまだ男がたびたび消えていたという。自分が行くと絶対にいないけど、歌っている声だけはたまに聞こえてきたとグレアムは話を締め括った。
青年が語り終えた後、どこから小さく、思わず耳をすませたくなるような歌声が聞こえた。
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