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無月夜
「黒鳶(くろとび)トパーズだけど。これがいつのことだったか、忘れちゃったんだけど……タケ、トキ、僕たち三人で廃校に行った時のこと覚えてる? なに? 何もなかったあれかって? ……そうそう、その時の話だよ。……違うって、別にネタが尽きたからこの話をするんじゃないから。もう、時効だろうしね……。あの時に本当に起こったことを話そうと思ってたんだ」
ある夜、トパーズは紺青と蘇芳と三人で紺青が住んでいるアパートで飲んでいた。
「肝試しいこら!」
それで、誰が言い出したかよく分からないが、そういう展開になった。酔っ払いの思いつきに脈絡を期待する方がどうかしている。
「近くに、最近廃校になった『いかにも』な学校があんのじょ」
紺青の提案ですぐに場所も決まって、三人で出かけた。廃校までの真っ暗な夜道をふらふら歩きながら、紺青はトパーズ達に、これから行く廃校の噂話をいろいろと教えてくれた。
「あんな辺鄙で陰気な場所に作りよってからに、最っ初からヤバそうやった」
「小火騒ぎや校内暴力が連発しとった」
「廃校になった後、どうやら学校関係者のほとんどは自殺か事故で死んどるらしい」
……当時、全員相当に飲んでいた。そんな話を聞いても、これといった恐怖感はなかった。実際にそこに着いても、ゾッとする何かも感じなかった。建物は最近廃校になったというわりには、窓ガラスは割られて、入り口のドアも壊されていてボロボロだった。
「ずいぶん荒れてるね」
トパーズが言うと、紺青が言った。
「出るっちゅう噂があるからな、若い子達とかが、抜け道あんのにわざわざ封鎖してある出入り口を壊して入っていくんや……。ここ、俺の地元じゃ結構な人気の心霊スポットなんやで。……ま、今日は誰も来てへんないみたいやけど」
最後の「誰も」というところで、何だかゾクッと来て、トパーズは思わず震えた。
「なになに、トパーズもしかして怖い?」
「しゃーないなー、豆腐メンタルのボンが涙目だから帰るか!」
めざとく蘇芳に見つかった。そしたら紺青も調子に乗って煽ってくる。 「……ちょっと、何ニヤニヤしてるわけ? 別に僕はあの時怖かったわけじゃないからね! 断じて!」
とにかくそれでこの馬鹿二人の集中攻撃にあって、思わずトパーズは言ってしまった。
「僕がただの廃校なんかに怖がるわけないじゃん! むしろ一人でも入れるに決まってるでしょ!」
言った後しまったと思ったけど、時既に遅し。
「おぉ? そこまでいうんならやってもらおやないか。せっかくやし屋上まで行ってきよしよ~」
「あはー、じゃ俺トパーズくんができんで泣いて帰ってくる方に煮玉子とキムチ砂肝かけよーっと!」
「俺はちくわと裂けるチーズや!」
「賭けになってないし……」
そんな風に、やっぱムリとは言えない状況になって、結局『屋上まで行って証拠にそこから手を振る』ということになってしまった。
「それからの話をまぁ簡潔に言うとだね……」
トパーズは校舎に入った。そして無事に出てきた。戻ってきたトパーズを見て、二人はずいぶん感激したみたいだった。
「トパーズ! カッコいいじゃん! 今にも出そうな屋上から手を振るあなたの勇姿はしっかり見届けたよぉ!」
「俺もびっくりやわ。よっしゃ、帰って、オトコ・クロトビ・トパーズのために飲み直そら! この後の酒は俺がぜーんぶ奢っちゃるわ!」
「マジ? 蘇芳くんしゅきー! 今日限定で!」
「そらないやろ! ちょっとキュンとしたんやで! 童貞からかわんといて!」
「紺青どんな聞き間違いしてんの?」
それで、何事もなく帰って飲み直して、この肝試しはお開きになった。
「……何? 別に何も起こってないじゃないかって? まぁここまではね。……紺青、蘇芳。ここからは君らにも初めて話す」
……実はあの時、トパーズは屋上に行かなかった。
「ちょっと静かにしてくれない? 別に怖がらせたくてテキトーなこと言ってるわけじゃないよ。文句は最後まで聞いた後にしてくれる?」
建物に入っていったトパーズは、冷え冷えとした空気にゾッとした。外と全然違うのだ。中は……温度だけじゃない、うまく言えないけどとにかく嫌な感じだった。上に行こうとして、階段の前まで行ってみたが、上にもっと得体のしれないものがいたらと思うと足が動かない。
……どのぐらいそこにいたか分からないが、いつまでもここにいるわけにもいかず、戻ろうとトパーズは踵を返した。どれだけからかわれたって、上に行くよりは絶対にマシだと思ったのだ。なのに。出てきたトパーズを見た彼らの反応は……。
「もう一度言う、僕は屋上には行ってない。けど君らは僕を見たっていう。その場でこのことを言わなかったのは、それ言ったら……それこそ空気が凍っただろうし。きっと君らの見間違いなんだと、僕はずっと自分に言い聞かせてきたんだ」
「……え、絶対に僕だった? ブロンドの髪、水色のシャツ? 顔まではっきり見えたから間違いないって? ……やっぱそうか。あのさ、あの時は全員かなり酔ってたから深く考えてなかったんだと思う。僕、あれからずっと考えてたんだ」
……月のない真っ暗な夜に、屋上にも地上にも灯りがない中、果たして屋上から手を振ったところで、見えるのだろうか。どうして、友人達が見た『黒鳶トパーズ』は、顔まではっきり見えたのか。
「僕が嘘を吐いてると思うかもしれないね、でもこれだけは説明しきれないでしょ? とにかく僕は、あの時、上まで行かなくて本当によかったと思ってるよ」
語り終えた少年はすぐ明かりを消したが、しばらくぼんやりと彼のブロンドの髪は暗闇の中で、煙のように浮かんでいた。
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