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トイレに入っていった和月と恵を待つあいだ、壁に寄りかかっていた清音の耳に鈴の音が聞こえた。
子どもが音を鳴らしているのだろう、そう思って気にはしていなかったのだがどうも音がしつこく、それも近くなっている。
おかしいと感じて顔をあげ、一歩踏み出したときにはもう自分はまったく違う場所に立っている。
「え・・?」
鈴の音が笛の音に変わり、大きな和太鼓の音と笑い声、そしてだれかの悲鳴。
「っ・・・和月、恵!」
振り返ってもそこにはもう何もない。
けれど下手に動いたらどうなるのか容易に想像がつき、その場から動けずに立ち尽くした。
異様な空気に包まれたこの場所から逃げ出したかったが道もわからず、ここがどこなのかもわからない。少し離れた場所を見てみれば建物はどう見ても現代のものとは思えない。
「どう、しようか」
うまく隠れながら動けるとも到底思えずどれだけ考えても食われるのではないかという考えに至り、手が震えそうになる。
けれどここで泣いて何が変わる、とにかく戻るためにと歩き出すことを決断したのだが、様子がかしい。
視線を感じるのだ、それもいくつも。
「ウマそうな、ニオイがしてるなァ、お前」
明かりの薄い闇の方からはいでてきたのは形を止めない不格好で不完全な物の怪。見るに耐えないその姿に清音は悲鳴を上げることもできなかったがそれが一つではないということに気づく。
「食われてやるつもりは、ないよ」
履いていた下駄を二つとも脱いでそれを投げつけるのと同時に明るい方へと走り出す。
後ろを追ってくる気配はなくなることなく、先程まで屋台が並んでいた場所は人ではなく妖怪で埋め尽くされている。
そしてその中の誰もが清音を見た、先ほどの物の怪と同じように。
人間がそんなに珍しいものかと舌打ちしてやりたくなるのを堪えて横道に入り、置いてある置物や荷物を足場に屋根に上がって走る。
こんなことこの人生でやることになろうなど普通の女子高生は考えもしないだろう。
浴衣の裾をまくりあげて走り、灯のないところまで出てきたところで屋根を降りて道をそれた河原にたどり着く。橋の下へと身をかくして座ると荒れた息を必死に整えて何度も何度も深呼吸した。
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