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トイレを済ませた恵のすぐ横に入った時にはなかった穴があった。
不思議に思った恵がひょいと覗いたそこには何もなく、目を凝らしているあいだに何かに手を引かれた恵はコロンと中へ落ちていった。
穴は恵を飲み込んで口を閉じ、和月がドアを開いたさきに恵の姿はなかった。
「ぷあっ」
真っ暗な穴の中を落ちていった恵がパチリと次に目を開けたのはたくさんの妖が歩く道だった。
大きな体の妖は小さな恵に気づかずに歩いていく。
「カズにーちゃー・・・きよねーちゃー・・・」
恐る恐る名前を呼んでも兄と姉から返事はなく、半泣きになりながら道を行く。
大きな足を避けて、必死に必死に歩くうちにぽすんと何かにぶつかった。それはほかの妖とはちがう人の足で見上げてみれば兄たちと同じくらいに見える男だ。
男も足に何かぶつかったのに気がついたようで恵を見下ろしている。
「お、まえ」
「ぴえっ」
「かっわいいなー!なんだ?迷子か?人の子じゃねえな、かあちゃんはどうした?いねーのか?」
「??」
小さな恵の目線に合わせるようにしゃがんだ男はきつい目つきを柔らかくして大きな手で恵の頭を撫でた。
恵はいつも見るおばけとちがうその人を不思議そうに見上げる。
「剛(ごう)、何やってんだ。もう行くぞ」
「あ、かなちゃん」
そこにもうひとりやってきて思わず身構えたもののその人物は初めて見る人ではなかった。
青く鮮やかな刺繍の着物を着たその女に会うのは二度目。
恵は大きな目をしっかり見開いてその人を見上げる。
「あ・・?お前、なんでこんなとこに居るんだ」
「カズにーちゃときよねーちゃときたの」
「迷い込んだのか・・・ああ、あいつらも櫓にいるな。剛、連れてくから貸せ」
「え、無理。俺が抱っこする」
「ふざけんな俺が抱っこするんだよボケ」
「譲れよ!」
「チッ」
恵はわけもわからぬまま二人の腕の中を行き来して最終的に剛の腕の中で落ち着いた。黒い髪にメッシュの入ったいかつい見た目のこの男に抱かれる幼児というのはとても違和感があった。
奏が前を歩けば道が開き、物の怪も妖も全てが頭を垂れて身を震わせる。
「俺は殺人鬼でもねーってのにビビりすぎだろ・・」
そんな不満げな奏のつぶやきは後ろを歩く剛にしか聞こえてはいなかった。
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