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静かな夜をすぎて、小さな音を携えて朝が訪れる。
人の寝息が声に変わり、足音が街の中を行き来する頃にある学校の男子生徒が教室で友人たちに囲まれていた。
昨夜起こったという通り魔事件の犯人を見たのだと、その言葉をきっかけに囲まれたのだがその話というのがどうもおかしいのだ。
死んだ人間の遺体はまるで食いちぎられたような傷口と散らかった手足が現場あったというが犯人は見つからなかった。それは今朝のニュースで皆が知っていることだったのだが彼が見たのはその犯人をお追い詰める女、だったという。
「ほんとなんだって!!」
「犯人が化物で、それを退治してた女がいるってぇ?ありえねーだろ」
「マジなんだってば!!」
化物を見た、それが人間を食ったあとに女に消された。
そんな話を一体誰が信じるというのか、当然皆信じないものの面白い話だとは捉えて話を聞いていたようだ。
「あ、神谷!聞いてくれよ」
「ん?なによ」
机に座っていた男子生徒はひょいとそこから降りて教室に入ってきたばかりの女子生徒の方へかけていく。
「はあ?化物?そんなのいるわけないじゃない。何言ってんのよあんた」
「お前は信じてくれよ!幼馴染だろー!」
「幼馴染だからってなんでもかんでも信じてたらおかしいでしょーが、ほら、つまんないこと言ってないであっち行きなさいよ和月」
教室で朝から騒いでいた高校一年生男子、宮原和月は幼馴染の神谷薫によって話を止められ、教室内はすっかり日常生活への話に切り替わっていた。彼はこのクラスのムードメーカーでもあるためおかしなことを言っても盛り上げているというふうに取られて終わる。
こうして何事もなかったように授業は始まったが目の前で見た光景を和月は忘れることなどできなかった。
あれは間違いなく自分の目で見たのだから夢などではない。
帰ってから顔を洗った水は冷たく、あとから恐怖に心が震えたのをよく覚えている。
だからこそこうして話したのだが誰ひとりとして話を信じない。けれどそれでも良かった、否定してくれた方が恐怖は薄れていくように思えたからだ。
「和月、移動教室だからさっさと準備していきなさいよ」
非日常に踏み入れそうになった足をどうにか留めて日常は当たり前に彼の目の前にある。
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