この世界で一番大きな力

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 俺が自分のあるべき世界に帰ってきて三十年が経った。  長いようで短い。短いようで長い。  波が押し寄せ、そして引いていくような奇妙な音。懐かしいような、それでいて初めて聞くような不思議な音。やっと、やっと、やっと……。やっと、あの時と同じ音が、俺の頭を包み込んでくれる。俺の心を出航させてくれる。  ちょうど、三十年だ。八回の閏年を含めて、今日で一万と二千四百十八日。  時間というものは、薄情に過ぎてゆくものかと思えば、一方で、情に厚い。三十年『も』かかったと言えば、薄情さを強く訴えてくるが、三十年『で』済んだと言えば、優しさに溢れている。 「やっとだ」  そう、やっとなんだ。だから、俺にとって時間は前者だ。時間は薄情で、無情で、儚い。 「だが、だからこそ、俺はここまで漕ぎ着けた」  ようやく、出航まで漕ぎ着けたんだ。儚い時間が俺に、生命の限界という自由の果てをありありと見せつけてきたから、ここまで頑張れたんだ。生命の限界が無限遠に加速していく温情に溢れた時間だったら、俺は、きっといつまで経っても『答え』を出せなかった。『真の答え』に辿り着けなかった。 「……なあ。お前は、今、いくつだ」  そっちの世界は、俺の世界と同じ時の流れをしているのか?  俺にとっての三十年前は、お前にとって本当に三十年前なのか? 「俺は、もうすぐ、五十だ」  お前といれた時間の五十倍だ。こう考えると、やはり時間は非情だな。人生で最も大切で、最も刻まれた時間は、それしかないんだ。一年、また、一年と過ぎていく度に、お前との時間が新たな時間で希釈されるように、薄れていくんだ。  この事実は、俺を、焦らせた。  かけがえのなかった時間が希釈されていけば希釈されていくほどに、そこにあったはずの感情も同時に希釈されていってしまう。お前との思い出が、帰ってきた後の莫大な思い出に、押しのけられ、上書きされるんだ。
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