第1章

16/16
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
あれから、数ヶ月。 少しずつではあるけれど、加瀬と行動する時間が増えた。 そのせいなのか、隣で観察していて涼子は彼の集中が途切れる瞬間が分かるようになった。 ほんの一瞬、息を吸い込むときに彼は画面から目線を外す。 一瞬の間合いを見計らって、彼女はコーヒーを差し出した。 ん、と当たり前のように彼がそれを受け取った。 こういう、言葉のないやりとりが自然となってきている。 ふと、気付いて顔を向けると外崎が彼女を見ていた。 うん、と満足そうに頷いている。 彼女も、うん、と返してみた。 『お、加瀬がちゃんと休憩してるな。いいぞ、グッジョブだ!』 と言いたいのだと思う。彼女も、 『YOUR WELCOM!』と精一杯こめて頷き返したつもりだ。 とはいえ、休憩と言ってもほんの1、2分。 それでも珍しいほどに、加瀬は手を止めることがない。 彼女には時々、彼がサイボーグに見える。 「涼子ちゃん、涼子ちゃん」 後ろから急に声がかかった。 何故か若干小声で。 「どうしました?」 彼女が返事をすると、声をかけてきた同僚が更に声を潜めた。 「ねぇ、課長ものすごい怖い顔して何か見てるし。 目線追ってみたら、小動物みたいな涼子ちゃんがいるじゃない。何事なの?」 本当に心配そうな顔をされている。 外崎に目を戻すと、相変わらず気難しい顔でパソコンを睨んでいる。 どれだけ怖がられているんだろう。 「何もないですよ」 彼女の隣で、加瀬がごそごそと仕事を始めている。 そういえば、いつの間にか季節は夏に変わっていた。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!