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今年からインターンだということは、清子が4回生だということを意味している。清子の傍らに置いてある『パニック障害症例集』という本にはたくさんの付箋がついていた。
「陣内君は?」
「僕は外科。外科の実習はすごいよ。普通の神経をしている人はついてこれないだろうね」
「そんなに?」
清子と話しながら僕は、何かが違う、と思っていた。もちろん、10歳の少女が20代の女性へと成長したのだから、変わっていて当然なのだが、たとえば、小学生のころの清子は感情の赴くままに表情がコロコロと変わり、それが周りに安心感を与えていたのだが、今は違う。話している間中、清子の表情は硬く、外見の美しさがさらに冷たい印象を与え、居心地の悪さを感じずにはいられなかった。それは、僕たちがひさびさの再会だったからという理由だけではない気がする。
それでも僕は、次の週も、その次の週も、空いた3限目を埋めるため、淡い期待とともに図書館へ向かった。清子はいつも医学書コーナーの近くのテーブルに座っていた。初めのうちはあまり自分のことを話さなかった清子も、会う回数を重ねるごとにだんだん打ち解けてきたようだったが、やはりどこか僕に心を許していない気がした。
「陣内くんは、郷愁にひたることってある?」
「なに。いきなり」
「たいていの人は過去の思い出にひたっても、最終的には現実との折り合いをつけられるでしょ。でもそのまま現実に目を向けられないで閉じこもってしまう人もいる。その人たちの違いって何だと思う?」
「戻りたいの?過去に?」
「戻れるわけないんだけどね。ときどき考えるの。小学生の頃はよかったなぁって。あのときは何も考えないで済んだもの」
「ああ、あれだ。『ピータパン・シンドローム』」
「それって就職したがらない大学生のことじゃなかった?」
清子は笑いながらも、目はどこか寂しそうだった。清子が僕に心を許していないと思うのは、ときおり見せるこういう『どこかうわのの空的表情』のせいかもしれない。
あの日もそうだった。僕が冗談を言ったのに、清子はぼんやりと机の木目を見つめて、まるで僕の話をきいていなかった。そして急に笑顔を作り、
「ここにいるのは本当の中川清子でしょうか。それとも単なる虚像でしょうか」
と訊いた。
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