12人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 魔人(症)/1
N/(二〇〇八年・十月)
一年ぶりの空気に、懐かしさよりも吐き気が込み上げた。
北関東、G県の山奥。くねる道路を自動車で走る事一時間。
助手席でいい加減に吐きそうになりつつ我慢を続け、ようやくその場所に辿り着く。
高い外壁にぐるりと囲まれた内部は、空からでなければ中の様子を伺う事は出来ない。
入り口は正面にひとつだけ。自動車に乗ったまま門番に挨拶と許可証の提示。その先には二つめの関所がある。それを抜けて、やっと駐車場が見えてきた。
「すいません、トイレ行きたいんですけど……」
「はい、どうぞ。お疲れ様でした。場所は分かりますか?」
「ええ。前と同じなら」
助手席のドアを閉め、頭を下げながらフラフラと歩き出す。
見たところ建物は以前と何ら変わりなかった。
所々で秋色の赤が混じる緑をバックに、白くて大きな建物がどでん、どでん、どでん、と建ち並んでいる。
十階建ての塔のような棟が四つ。
八階建てが二つ。
さらに森に隠れた奥には十一階建てが一つ。
それらには地下の階まであり、その他に体育館のような施設もある。
この大仰な建物は何なのかというと、病院なのだった。
ある病気に感染・発症した者たちを治療、保護する為の隔離病棟。99年に設立され、以後増築を重ねながら今に至る。
曰く、病院でありながら要塞。要塞でありながら監獄――とは、関係者たちの間での専らの評判。
事実として、この病棟に送られた人間は九割九分この塀の中で一生を終える。過去には治療の苦しさのあまりに患者の脱走事件もあった程。
外敵の侵入、ならびに囚人――もとい病人の反抗を防ぐ為の武装部隊もあるとか無いとか。
正式名称、福祉医療統院。
略して医療院、または統院。
こうして述べるとまるで地獄のような場所だが、ここで実際に過ごしている者からすれば別にそうでもない。むしろ、ここに収容される者はここでしか生きられない。
だからこそ収容される訳で、外で生きられない彼らはここでなら生きる事を許されるのだ。色々な意味で。
最初のコメントを投稿しよう!