第一章 魔人(症)/1

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◆  柱居 棗(ハシライ ナツメ)。十九歳。性別、男性。  ……などなど、その他マークシート方式の書類を一通り書き記して受付に提出する。  久し振りながらも見知ったスタッフが多く残っていて、待合室でも廊下でもあちこちから歓待の声を受けた。  さて、再入院最初の御用はというと。名前を呼ばれて指定された診察室に入るや、挨拶もそこそこに長々とした説明が語られる。  よく透る声のおかげで車酔いの名残が燻る頭でもだいたいの内容は理解できた。  ようするに、貴方を院内に監禁しますよという事。予定期間はおよそ二週間。検査結果によっては延長も有リ。この間は院の規則と大人たちの言う事をキチンと守っておとなしくしていなさい、と。 「……以上。何か質問はある?」  精神科の診察室。そのデスク前には白衣の凛々しい麗人が座っている。黒髪を肩までの高さに切り揃え、上品な薄化粧で身を飾ったその人は――― 「いえ、ありません!」 「よろしい。じゃ、とりあえず部屋を確認して荷物を置いてきなさい。一時までは自由時間だからそれまで好きに使え。院内を歩き廻りたいならそれも良し。但し、行動は時間厳守だ」  イエス、マスター! と、踵を合わせて背筋を立てる。  その目の前で麗人は、ふむ、と片眉を歪めて頬などを掻いている。無理を押して放った冗談も無駄に終わった。 「ま、いいけど。検査は真面目にね」  何が勿体無いのか、愛想の欠片も見せてくれない。  まぁこんなのはいつもの事なのだが、ボールペンでデスクをコツンコツンとモールスしているあたり、 「しかし見たところ、えらく健康そうじゃないか。先月に会った時はもう少し痩せたように見えたんだけど」 「あれは単に金欠です。バイトがクビになって節約生活を強いられたもので。あの時のお仕事のお給料も、何故か、振り込まれませんでしたし」 「そうだったな。それで、どうしてその極貧から抜け出せたんだ?」 「いや、それがですね。運良く一ヶ月の生活費を道端で拾うという機会に恵まれまして、お陰で助かりました。これも日頃の行ないが良かったという事かと」 「……あ、そう」  ふん、と。  回復の様相を見せる患者を前にしていながら、医療スタッフでもある彼女は目も合わせない。それどころかしかめっ面のまま鼻で溜め息などをついていた。
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