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愛指さんが来たにも関わらず、私はこのだらしのなさ過ぎる姿勢を正せなかった。人間は空腹になり過ぎるとプライドも何も無くなってしまうのだと実感した瞬間だった。
「うわぁ、凄い体勢だね」無邪気な声で笑う愛指さんであったが、直後に彼女の瞳が大きく開かれた。「……黒。お、大人だ!」
私はこれまでの人生で、かつてない程の早さで起き上がった。しまった、さっきの風でスカートが。
朝同様に赤面しながらスカートを強く押さえていると、不意に私のお腹が大きく嘶いた。もう穴があったら入りたい気分である。
「稔子ちゃん、もしかしてお弁当ないの? だったら私のお弁当分けてあげるよ」
いそいそと私の隣に腰掛ける愛指さんは、正座を崩しお尻を床に付けた所謂女の子座りをしている。幼い見た目の彼女は更に幼く見えた。
「要らないわ。それにお昼はもう食べたの。さっきの音も食べたばかりで胃が動いただけだもの」
どれだけ空腹であろうと愛指さんから施しを受けるわけにはいかない。嬉しい誘いではあったが、私は冷たくあしらいこの場を去るために立ち上がろうとした。
「駄目だよ稔子ちゃん。はい、あーん」
袖を捕み私の初動を止めた愛指さんは、いつの間にか取り出したお弁当から綺麗な卵焼きを摘まみ、私の口元で待機させていた。
一瞬で様々な葛藤が私の中を飛び回ったけれど、気が付けば私は愛指さんの策略に見事嵌まっていたのであった。
「どう? おいしい?」
「……おいひぃ」
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