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『それにしても、ティルアさんお可哀想ね。
結婚前だからってアスティスったら何もティルアさんのような純粋な方を弄ぶなんて』
『あの方が過去に抱いた女性は何もあなただけではありませんの。
勘違いして深入りなさらない方がティルアさんの為よ?』
『わたくしとアスティスとは幼少の頃からの付き合い。
幼なじみとしても婚約者としても……彼の腕の中に幾度となく閉じ込められてきましたから』
ミアンヌの言葉がティルアの脳裏に焼き付いて離れない。
ミアンヌの豊満な乳房が、自分にはない女性の象徴が眩しかった。
切り裂いてしまった胸は偽りの作り物。
綿を詰めただけの作り物――
* * * *
いつの間にか陽は大きく西へと傾き、長い影を幾つも伸ばしていた。
白亜のセルエリア城にはいくつもの灯りが点り始める。
レンはギルバードの孤児院に居をおいている都合、城門へと王族二人を送り届けた後、街中へと帰っていった。
ハムレットは父王への報告業務があるからと言って城内にて別れた。
大腿までしっかりと露わになるびりびりのドレスの裾を手で隠しながら、ティルアは俯き加減に廊下を歩く。
廊下の窓から射し込む夕陽がティルアの影をぐんと長く伸ばす。
影の先端を辿りながら歩くティルアの足が突然止まった。
部屋のドア、手前。
腕組みながら廊下に背を凭れ立っている男性の姿があった。
もちろんそれは、ティルアが大好きで大好きで待ち望んでいた彼。
足音が急に止まったからだろう。
彼の顔がこちらへと向けられた。
よほど酷い格好だったからだろう。
インディゴブルーは一気に心配色に染まり、廊下に駆ける足音が響き渡る。
普段の自分だったら、勢いのままに彼の胸に飛び込んでいたことだろう。
今までティルア以外の多くの女性を抱いた、――彼の腕の中に。
「ティルア……!」
ふわりと彼の匂いが掠める。いつもティルアを安心させてきた匂いが。
きっとそれも、自分だけではないのだろう。きっと多くの女性が感じてきたのだろう。
その気持ちに名前をつけるとしたら、きっとそれは、嫉妬。
「……ティルア?」
彼の声色が急に変わる。
胸の中に抱かれるティルアは体を強ばらせたまま動けずにいた。
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