第三夜 アスティスの過去

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 嬉しいはずだったものが、苦しかった。  すぐにも抱き付き返して、腕を回して、大好きだと言ってしまえばいい。  そんな当たり前だったことが出来なかった。 「アスティス、早く着替えたい……離して」 「…………!!」  きっと彼は傷付いた顔をしただろう。  見上げる勇気はない、ただ、閉じ込められていた腕がスッと離れた。  何も言わずに腕から離れ、宛がわれた自室に逃げるように滑り込んだ。  ドアを閉めた瞬間から疲労がどっとティルアにのしかかる。  ベッドサイドへと腰を落ち着け、破れたドレスを脱ぎ捨てた。  胸の固定具も、コルセットも、ガーターベルトも同様に外す。  解放感に安心したからなのか、ティルアは急激な睡魔に襲われた。 「……眠……、う、今寝るわけには……でも、だめだ眠い……」  ドアの向こうにはアスティスが立っている。ティルアを待っているだろう。  だが、突然の睡魔には勝てなかった。 「少しだけなら……い、よね」  布団に潜り込む。ひんやりした布団の感触が肌に伝わるも、意識はそのまま闇に呑まれた。 「……ん、んっ……」  意識の奥で、身体がふわふわするような温かさを感じる。  心地よさにティルアの身体はひとりでに動き出す。 「……アスティス……のにおい」  腕を伸ばしてしっかり捕まえて。  胸に顔を埋める。  * * * *   「どうして、……どうして泣くんだ……ティルア。  朝は、朝まではあんなに……幸せそうだったじゃないか!」    そんな声に気付かず、ティルアは眠る。  閉じられた瞼からはらはらと涙を落として。  窓際に置かれたリングケースには、彼女の瞳と同じ色のルビーの宝石が淋しそうに置かれたまま。 「どうしてなんだよ……!」  急ぎで公務を終わらせ、父王を説得したアスティスは昼にも彼女を連れて正式な報告へと向かうつもりでいた。  戻ってみれば、彼女は部屋を移動したという。すぐにも向かってみれば、そこに彼女の姿はなく、婚約指輪は置かれたまま。  詰所で昼食を摂っていたり、はたまた、義弟のハムレットと剣を交えていたり。  挙げ句の果て、民の代わりに人質となったと聞いた時は心臓が止まるかと思った。  頬を撫でる。  つうっと引かれた一筋の赤い線に心がずきりと痛んだ。
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