第三夜 アスティスの過去

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 脱ぎ散らかした衣類。  肌をさらけ出したままのティルアに被さるものは使用人用の安価な掛け布団のみ。  狭いベッドの端に視線を合わせるように横たえるアスティスは胸に顔をうずめたまま眠る彼女の栗の髪を手櫛で梳く。  すぐそこに温かな生肌が触れる。  今すぐにでも抱いて、自分の腕の中で乱れさせたい。  可愛い声が聴きたい。  はち切れんばかりの欲望が奥底から沸き上がるも、グッと抑え付ける。  ただただ抱き締め、流れ落ちるしずくを指の腹で拭った。  * * * *  アスティスの匂いがした。  悲しくて、でも愛しくて手を伸ばした。  届いた手は払いのけられ、彼の前に様々な女性のシルエットが現れる。  目の前にミアンヌが現れ、彼の腕に絡み付く。 「ティルアさん、アスティスはわたくしと何度も肌を重ねてきたの。  あなたと出会うずっと前からね。  この方たちもそう、あなただけじゃないの。  特別だなんて勘違いしないことね」  ティルアが彼へと手を伸ばすも、女性達がティルアの前に立ち塞がる。  それは当然のこと。  彼は大国セルエリアの第一王子。  立場上、様々な誘いや付き合いもあるかもしれない。  彼はティルアが初恋だと言った。  だとしたら彼は好きでもない相手と肌を重ねてきたのだろう。  そして、その腕でティルアを抱く。  逗留中に訪れていた国の姫を抱いた可能性だってある。  彼は過去にどんな思いで女性と関係を持ってきたのだろう。  ミアンヌは彼に女性遍歴があっても全く動じていなかった。  ミアンヌは彼とは幼馴染みだとも。  ティルアは目を開ける。  頬から透明な液がはらはらと零れていたことに気付く。  すぐそこにある、彼の腕と彼の胸。  頬に添えられていただろう指。  規則的な呼吸音が耳に届いたことで、彼が眠っていると確信できた。  視線を上に向ければそこにはあどけない表情で寝息を立てる彼の顔がある。 「……何も知らない……、私はアスティスのこと……何も知らなかったんだ……」  舞踏会で初めて逢った三年前。  再会してからラズベリアで過ごした僅かばかりの日々。  それがティルアが知っているアスティスの全てだった。  眠る彼の頬に震える手を伸ばす。  幾度となく重ねてきた唇を見つめ、ティルアは声を殺して泣いた。
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