爪弾く吟遊詩人

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「吟遊詩人か?」  店主は尋ねる。人の心にこうもするりと入り込む術を知っている者は、旅慣れた者でも少ない。 「生まれてこの方ね。父は吟遊詩人、母はダンサーさ」  男は愛想良く、笑みを絶やさない。そこに裏は見えず、好きでこの道を選んだのだと見える。  男はじっくりと約束の一杯を飲み終えると立ち上がった。  舞台のないこの酒場のどこで演奏しようと言うのか。店主は無骨者達の相手をしながら、横目で男の姿を捉える。  男は真っ直ぐに店の隅に向かい、椅子に座ってギターの調整を始めた。それが終わると歌い出したが、それ程広くない店内にも関わらず聞こえなかった。耳を傾ける者もいない。  大した事なかった、酒代の回収をどうしようか、と店主が考え始めた。  その時だった。  ギターを爪弾く手を止めたと思うと聞いたことのない、澄んだ歌声が喧騒の中にはっきりと響いた。一節歌うとギターが添えられ、音楽に深みが増した。
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