笑う吟遊詩人

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 吟遊詩人の歌声は良く通り、店の外でもはっきり聞こえる程だった。  癖のない声はどんな曲でも歌いこなし、ギターと歌の技術が情緒を与えた。夜通し歌っても声は枯れず、ギターを抱えたまま踊り出しても疲れを見せなかった。  明け方になり、店じまいだと店主が客達を追い出す。吟遊詩人はいつの間にか無骨者達の中から消えていた。  夜になればまた酒場に来ると言っていたため、誰もその事は口にせず、笑いながら家路についた。  無骨者達が日の下で汗を流している時間、吟遊詩人は軒下でギターを弾いていた。  夜と違い、客は子供達と女性達だ。吟遊詩人は甘いラブソングや子供でも歌える簡単な曲を披露し、女性には笑顔を、子供には飴を配る。それは客を喜ばせる意味もあるが、遠回しに無骨者達を喜ばせる意味もあった。女と子供が笑えば、元気になる男が多い事を、彼はよく知っていた。  笑顔の輪の中で吟遊詩人は歌う。明日も笑おうと。
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